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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■(タガララジオ31テキスト:9月末更新予定)
デビュー40周年で今年、まとめて一枚(本盤)としてリリースされて広く聴くことができるようになった!慶賀なり。ライオン・メリィの宇宙的郷愁を漂わすファンタジックな音響にも涙、涙。
天候回復。風吹いて断雲しきりに東へ飛び、星条旗が旋回する。唐黍の葉が翻って、草々が光りながら靡いている。空の青をここに移した露草の一点!郵便局の横で、女の子のノートらしい一片をひろった。「菊の花をちぎって蒔き散らしたような星、サーチライトは着物の井桁のようだ」と鉛筆で書いてある。 −稲垣足穂「雪ヶ谷日記」より
と、CDの帯に印刷されている。歌詞はこちら>http://j-lyric.net/artist/a001184/l00e592.html
「進駐軍にそなえて、女の子と食料があわててかくされてつつある」という非常事態なのに、なんと揺るぎない世界への視線なのだろうか。稲垣足穂。
「天候回復。」と朗読される刹那、ほとんど吉増剛造の『石狩シーツ』の世界に意識は光速で飛ぶ。
世紀末を通り過ぎる2000年この時期のあがた森魚の活動も、太陽黒点の活動期のようだったか、ここ1・2年のあがた森魚の活動も昨年の『誰もがエリカを愛してる』『俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け』を持ち出すまでもなく、毎日が新曲発表のようなライブといい、あがた森魚はあがた森魚のやり方で311以降の世界に声をはりあげている。
あがた森魚はインプロヴァイザーである。歌うたびに、休符の入り具合や、たどる音程のバランス、声色、歌詞の色彩が変化する。どれもが、今を生きる切なさ(刹那さという変換も吉)と歓びを放ってこの世界を果敢に揺らしている。これがロッカーでなくして何なのか。
タガララジオ31表紙は8月19日、橋爪亮督グループ@葛飾区郷土と天文の博物館プラネタリウムのチケット。
プラネタリムで「十五夜」が聴けるなんてー、おれのためのイベントじゃねーか!と思ってしまうようなひととき。
プラネタリウムの演奏のため黒づくめで登場した4にんがカッコいくてねー。
4にんともいい演奏でビートルズの4にんを見ているような気持ちに。
日暮里から京成電鉄各駅停車に乗り換えて
長年の荒川の洪水地帯だった土地を町屋斎場と四ツ木斎場を結んでいる路線
東京スカイツリーをずっと見渡す新しい住宅街に感じられた
町屋斎場も四ツ木斎場もよく行った
葬祭場で大きなザルに線香立ての灰をあけて残った線香の芯を掃除していた
坊さんの読経の巧拙が楽しみで
コンサートを楽しむような面持ちで葬儀屋の制服を着て黙々と作業をしていた
ここ数日、日常に聴こえる音がどれもいとおしく感じられて仕方がない
遠い未来からやって来て民俗学者のように、当たり前の音、地下鉄の入場するサウンド、遠くの落雷と豪雨、マックの店頭、アパートのドアの軋む音、風呂に水をためる音
この夏、片山杜秀さんの『線量計と機関銃』(アルテスパブリッシング)を読む。311を815と読むのではなく、128だと認識すべきではという鋭い指摘。情報統制下にあるのだわ。
片山さんがミュージックバードで「ラジオ・カタヤマ」を放送していて、著作のタイトルが角川映画セーラー服と機関銃になっているなんて、このコラム「タガララジオ」が今回「時をかける少女」になっているシンクロニシティーみたいで嬉しい。おし、今回は片山杜秀リスペクト号と定義しよう!・・・なんて、ぜんぜんリスペクトになってないなあ。
09月24日(月)
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