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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■福島恵一「耳の枠はずし」 音は自らの響くべき空間を必要とする ― 「タダマス29」レヴュー
ポップ・ミュージック再構築への視点 − 「タダマス8」レヴュー A View Point for Reconstruction of Pop Music − Review for "TADA-MASU 8"
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兆候から確信へ−「タダマス7」レヴュー A Sign Turns to a Conviction−Review for "TADA-MASU 7"
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ゆらぎの諸作法−「タダマス6」レヴュー Manners of Fluctuation−Review for “TADA-MASU 6”
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クラリネットの匿名的な響きとピアノの〈短詩型文学〉−「タダマス5」レヴュー Anonymous Sounds of Clarinete and "Short Form of Poetry" for Piano − Review for "TADA-MASU 5"
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「タダマス4」レヴュー−ジャズのヘテロトピックな空間 Review for "TADA-MASU4"−Jazz As Heterotopic Spaces
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ジャズにちっとも似ていないジャズの出現可能性−「タダマス3」レヴュー Possibility of Appearance of Jazz which is quite unlike "Jazz" − Review for "TADA-MASU 3"
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複数の耳のあわいに−「タダマス2」レヴュー Between Plural Ears − A Review for “TADA-MASU 2”
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「タダマス」の船出 Maiden Voyage of “TADA-MASU”
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”「今ジャズ」なるものが、ジャーナリズムによる「フレームアップ」というか、マーケティングに基づいた情報操作であることは、『プログレッシヴ・ジャズ』所載のインタヴューで菊地成孔が述べている通りで、それ以上でも、それ以下でもない。その中から素晴らしい作品/演奏が生み出される可能性もあるだろう。でも、多くは単なる流行りモノで、ムーヴメントとは固定され抜け殻となったスタイルの集団パクリにほかならず、それらすべては1年もたたずに脱ぎ捨てられるモードに過ぎない。それでも「流行りモノ」に触れたいヒトはそうすればいいし、「最新の」流行りモノに誰よりも早くアクセスすることにステータスを置きたければ、勝手にすればいい。
しかし、私はこれまで音楽をそのようには聴いてこなかったし、これからはますますそのようなことはないだろう。流行りモノを追いかけるには、もう齢を取り過ぎた。それは決して感性が鈍くなったとか、新しいものに対する反応が遅くなったということではない。はっきり言って、私にはもう残された時間が僅かしかないのだ。音楽に打ちのめされた経験もなく、ただキラキラと輝く流行りモノを追いかける快楽しか知らないのならば、一生そうしていればいい。だが、私はこれまで幾度となく、音楽の素晴らしさに打ちのめされ、この世にそうした素晴らしい音楽が存在することを知ってしまった。もはや後戻りはできない。明日にはごみ溜めになることがはっきりしている場所を漁っている暇などないのだ。”
(福島恵一)
05月03日(木)
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