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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■(タガララジオ31テキスト:9月末更新予定)
ジャレットもECMでゴルトベルクを録音しているんだが、なんと、チェンバロでの演奏なのである。お前さー、チェンバロをナメているとしか思えないんだが。百二十年くらい早ええよ。ジャレットが、その最大の武器である二十世紀最高のヴォイスを持つピアノでもって弾かなかった、というのは、逃げ以外の何者ものでもない。ジャレットは、ジャズ界いちのチキン野郎である。いや、ジャレットでさえピアノで向かえないくらいのものなのでもある、バッハのゴルトベルクは。

ジャレット、今からでも遅くはないぞ。『レイディアンス』を弾けるんだ。その他はクズみたいなもんだけど、まだ奇跡を起こせる可能性はある。

6月に青山ブルーノートで聴いた菊地雅章TPTトリオの現出から、まだ前に進めていない。トーマス・モーガンのベース、タッド・ニューフェルドのギターのトリオが描く空間の密度に耳が奪われたままだ。そして・・・、この変容にあって、耳に響くのは渋谷毅〜川端民生のこの盤だけだな。

ジャズという二十世紀が産んだ生命体のようなもの、父はヨーロッパ、母はアフリカ。その土地ごとに、都市の土壌から養分を取り込み、天才演奏者というのも都市の土壌から出てきた滋養みたいなものだ。だから日本のジャズは、確固としてある。菊地も渋谷も、アウトサイダーな、孤高の歩みである。

川端民生のベースの特質を記した奥成達さんのライナーもすばらしい。ジャケの見開いたイラスト(写真)もステキだ。

ラスト・ナンバー、「無題」、こんなの反則じゃないか、映画のエンディングロールみたいじゃないか、ナディア・コマネチのテーマ、札幌オリンピックまで引き寄せて聴いてしまうじゃないか。

菊地と渋谷が2000年頃に新宿ピットインでデュオしたのを聴いてたんだよな、エリントン集『タンデム』出した頃だ、よくあそこにグランドピアノ2台並べたよなあ、今のおれの耳で聴きにタイムリープしたい。時をかけるおやじ、うおああああっ、ダッシュできねえ。

ジャズ喫茶四谷いーぐるに集う評論家たちがセレクトするコンポスト(com-post)「21世紀の定番ジャズCD」は、早く単行本化が待たれる企画だ。

80年代の選考座談会だけが公表されているけれど、面白い。1位になったクラウス・オガーマンなんて聴いたことなかったけれどさっそく入手して、なんとも80年代の象徴として相応しい音楽なのに耳が拓かされていた。その手があったかー!

90年代のジャズにジミー・ジュフリー盤『Conversations with a Goose』(Soul Note)93年録音がかかったらしい。おおお、ジュフリー、ブレイ、スワロウ、伝説のトリオが90年代に仕事していたのをチェックしていなかった。おおお、密度の高いジャズっぽさ、リズミックも遊ばせて、かつての自分たちの発明に向かって、健在を誇示しあうじじいたちのドヤ顔セッションだ。

ECMレーベルが61年の音源を他レーベルから買い取ってまで、92年にミックスし直してリリースした『Jimmy Giuffre 3, 1961』2CD、この録音の凄さは、リズムの不在、リズムの制約が無い新しい空間に投げ出されて、なおかつそこで成り立つ美学を創造しようとしている勇敢さに尽きる。これを受けての再会セッションだったか。

90年代になって、ジミー・ジュフリー・トリオの美学を再提示していたのは、ECMレーベルで第二のプロデューサーとしてコアな作品を問うスティーブ・レイクが95年に突如リリースした彼の最初の仕事『Three Men Walking』、ジョー・マネリ、ジョー・モリス、マット・マネリの組み合わせだった。

ここには驚きと確固たる前進と高みがある。

サックスとギター、ヴィオラというまさにジミー・ジュフリー水脈にある編成であるし。懐かしのコラム「ロヴァの耳」(http://homepage3.nifty.com/musicircus/rova_o/06.htm)で座間裕子さんがごそごそとEメールのプリントを出したシーンは忘れられない。


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09月24日(月)
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