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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■彗星パルティータ
敢えて「母」「父」としてではなく。
「母」「父」は、おおいなる同志であり、先輩なんだな、とまた思う。
「母」「父」は、単なる「保護者」や「家父長者」ではなく。
「有志」であり「未来を希求する伴」「第三惑星のすこし先達の旅の仲間」。
にしても、やはり「母は死ねない」であり「母は強し」である。
「勁い母」は、下世話な愛をふりまかない。
またしても、小樽市立入船小学校の佐藤敬子先生に思いを馳せる。
昨年物故した篠田桃紅、瀬戸内寂聴に連想がつながる。
巡って、小樽運河を護った小樽の母とも言うべき昨年物故十年だった峰山冨美に意識が行く。
彼等は、母だったから偉大なのではない。
母とは、社会人、地球人、いややはり宇宙人であらばこそ。
母であることも、先輩であることも超越した、
「すばらしき先輩」^^!! だったからカッコいいではないか?
彼等は、近未知の探検家、宇宙愛の登山家。
ボクラは、いい先輩をたくさんもっている。
     *   *    *
新作アルバム『わんだぁるびぃ2021』をもって、早く旅にでたい。
聴かせたい、歌いたい、
早く目合ひ^^たひ^^!!




こないだ彗星パルティータの話がでたので、若い頃はただ耳を委ねていただけだったことを反省、銀座すずらん通りで聴く、録音テープの音写りがしているんじゃね、それはいいや、

中心にある速度の回転体を凝視しつつ、その速度を構成するヒモの欠片を取り寄せて配置していゆく知的で冷静な行為、相当にテクニカル、そこが別格だと感じた、エネルギーまかせに暴走するとか破滅に向かうデモーニッシュだとか極北だとか、それはかませ犬テキストだ、時間は中心に向かって永遠に回るよう、すなわち静止、スコアリング終始のあるモデルつまり西洋には属していない、日本の伝統音楽に耳の身体がピタッとするようになったマサノリであるがどうもそちらの身体で受信するほうが焦点が合う、



”M、ブレッカーがバスケットとSAXの選択に苦慮したように、阿部もBOXイングとの選択に苦慮している”、へー、

01月25日(火)
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