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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■加藤典洋著『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社) 2014
Jazz Tokyo特集「はじめての音楽」再録
幼稚園の頃に、昭和41年かと思う。北海道放送HBCに勤めていた伯父が、コンサートホールを見下ろす録音室に入れてくれたのを鮮明に憶えている。客は居なかったから、あれはリハーサルだったのだろう。音合わせの響きや、繰り返される断片。見下ろして、呆然としていた。
30代の予備校事務員だった頃に、翻訳か何かだったのだ「空から管弦楽が降ってくる」というテキストが、ビルのベランダで喫煙しながら見上げている6月の青空に妙にマッチしていることと、幼少期に見下ろしたコンサートホールの記憶とが到来してきた。
オーケストラを聴きにでかけると、オープニングの音合わせの時に、満たされた気持ちになる。
伯父の音楽の趣味は知らない。伯父はその数年後、退職して離婚して放浪を繰り返して最期は北海道の山に入り、川の中で発見された。
予備校を辞めて、タワーレコードで退職金の大半をCDに取り替えたり、離婚してしまったり、行き場が無くなって苫小牧フェリーに乗って北海道へとんずらしたりしていたら、父親から「マサノリ、しっかりしろ、おまえを見ているとアニキを見ているみたいだ」と言われた。
昨年父親が亡くなって、墓誌の建て替えなどをしていたら、伯父の一人息子が北海道で教師をしているらしい、ネットに情報があった、と、いとこから知らされていた。47年ぶりの再会をしてみようかなあ。
「はじめての音楽」としてHBCホールの記憶を置いたらこんな作文になってしまった。
小学生時代の、ドレミを知らずにハモニカを吹いていたことや、音楽クラブのことは、「おやじカンタービレ Vol.2」(http://homepage3.nifty.com/musicircus/rova_n/rova_r12.htm)に書いたとおりに、わたしにとって音楽を聴くこととは恋愛ごとと等値なところがあるもので、金銭とかビジネスとつながる枠組みは苦手だ。演奏家としての教育も受けていないし、ジャーナリストでも批評家でもない。気に入った音楽をBGMにして、ここJazzTokyoで書いているのは楽しい。友だちが、家族が、親戚が読んでくれているのが楽しい。
中学3年の夏休みに「幸せのアンサー」という曲をステレオでかけて、うでから背中にかけてゾワゾワっと鳥肌が立ったのを思い出した。改めて聴いてみると、これがジャズ的なものとの出会いだったのかな。
Paul McCartney - You Gave Me The Answer
https://www.youtube.com/watch?v=wyo_xGyVJuA
(多田雅範)
11月05日(木)
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