ID:7590
Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■動物に例えると「ネッシー」です
 こうした見方はかつて竹田賢一が自ら作業課題として掲げていた見方に、あからさまに影響/触発されている(笑)。こうした布置の中でこそ、すでになかったことにされてしまった感のあるロフト・ジャズ・シーンの再検証・再評価や、『Love Cry』以降の後期Albert Aylerの再評価も、単にマニアックなディスコグラフィ検証等の「学術的」な研究よりも、はるかにアクチュアルなものとなり得るように思われるのだ。「Wynton Marsalis以降のジャズ史が描けない」というのは、フリー・ジャズによる切断を「新伝承派」というフィクションで糊塗し、ロフト・ジャズ・シーンにおいて、あるいはヨーロッパの即興演奏シーンにおいて進められたポスト・フリーの探求を一顧だにしないからではないか。たとえばECMレーベルの初期30作品は、こうしたポスト・フリーの空間の探求のカタログとでも言うべきものであり、そこにはDerek Bailey, Marion Brown, Anthony Braxton, Paul Bley, Alfred Harth, Barre Phillips, Paul Motian, Return To Forever, Circle等、驚くべきラインナップが名を連ねている。Manfred Eicherの「見者」としての幻視力に驚嘆するほかはない。先に述べた「拡充され主軸に据えられる『The Map of World Jazz』」の焦点のうち一つは、明らかにECMレーベルに据えられることとなるだろう。

福島恵一ブログ 『耳の枠はずし』
「ジャズにちっとも似ていないジャズの出現可能性、再び−「タダマス14」レヴュー」

より。

09月04日(木)
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