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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■エリソ・ヴィルサラーゼ@すみだトリフォニー
すみだトリフォニーホールは「ロシア・ピアニズムの系譜」をひとつのテーマに掲げて公演を展開するが、ヴィルサラーゼは20世紀末から現在にかけて、その巨大な大地における灯台のような役割を果たしてきたかのようにみえる。ロシア・ピアニズムの多様な個性と潮流を、祖母アナスタシア、ゲンリヒ・ネイガウス、ザーク、オボーリン、リヒテルらとの交友から肌で感じてきた彼女は、自らの強い確信と個性でその期待に応えてきた。ソヴィエト連邦がロシアになり、グルジアが独立しても、ヴィルサラーゼの演奏にはかの地のピアノの黄金時代の力強い精神がなお鮮やかに脈動しているに違いない。大地に灯台というのは妙な言い回しではあるが、ロシアの内外からみても、ヴィルサラーゼの音楽家としての存在感は大きく、暗い海を照らすに相応しい強さをもってきたのではないか。独特の個性と濃密な主張を展開する演奏家でありつつも、大学院時代から教育活動にも情熱を傾けてきた筋金入りの教育家として、その脈絡を新しい世代に強い信念で伝えている。
このリサイタルは、秋のマレイ・ペライア、年明けのクリスチャン・ツィメルマンに続く「トリフォニーホール・ピアニスト・シリーズ2013-14」への登場ともなるが、ヴィルサラーゼはドイツ・オーストリアのレパートリーを絶対的な領域として掘り下げてきた名手であるだけに、本シリーズの掉尾を飾るに相応しいプログラムを組んでいる。 プログラミングに関しては「象を産むくらいしんどい」と彼女は微笑んでいたが、ここでは古典派とロマン派の充実作を交互に弾く美しい構成をとった。ヴァリエーションをひとつのテーマとするが、モーツァルトとハイドンの曲はなかなか実演で聴く機会も少ない。ブラームスのハ長調ソナタの第2楽章も主題と変奏だし、シューマンの「交響的練習曲」とともに若い頃の作品でもある。ヴィルサラーゼの深い没入、想像力の沈潜と飛翔、焔のような情熱が多様に沸騰することだろう。
演奏会の始まりはウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜91)。9つの変奏曲ハ長調 K.264(315d)で、ニコラ・ドゥゼードのジングシュピール『ジュリ』第2幕のアリエッタ「リゾンは眠った」を主題とする。かの喜歌劇は1772年にパリで初演、モーツァルトは1778年の再演に触れてその夏にパリ、もしくはザルツブルクに帰郷して書いたと推定されてきたが、さらに後年の作とみる説もある。86年にウィーンで初版された。1740年代に生まれて名声を極めたドゥゼードの歌劇から、モーツァルトは12の変奏曲変ホ長調K.354(299a)にも旋律を採っている。本作はトリルやグリッサンド、分散オクターブなど高度な技巧を要する変奏曲で、主題をハ長調に転調して用いた(第5変奏はハ短調)のもモーツァルトの大胆な意欲の表れだろう。
同じ調性をとるヨハネス・ブラームス(1833〜97)のピアノ・ソナタ第1番ハ長調作品1が続けられるが、ハンブルクから出た偉才は1850年代に3曲のピアノ・ソナタを完成させ、その後ピアノ独奏曲に関しては、変奏曲の連作、そして連弾作品、小品群へと歩んでいった。3つのソナタは1852〜53年に集中して作曲され、嬰ヘ短調(作品2) 、ハ長調(作品1)、ヘ短調(作品5)の順に成立したが、その間の53年9月にはロベルトとクララのシューマン夫妻との運命的な出会いがあり、ときの訪問でブラームスが持参して彼らを熱狂させたのも先の2つのソナタとスケルツォ(作品4)だった。シューマンの仲介で出版され、ヨアヒムに献呈されたハ長調ソナタ作品1は、ベートーヴェンのソナタ作品106("ハンマークラヴィーア")やハ長調作品53("ヴァルトシュタイン")を範として、広い音域でのダイナミックな運動を活用している。冒頭楽章はアレグロで、ハ長調主題の輝かしい力強さで始まる。緩徐楽章はアンダンテ(ハ短調)で、作曲者自身が「古いドイツのミンネ・リート」によると注記した12小節の旋律主題に、3つの変奏とコーダが続く。第3楽章スケルツォはアレグロ・モルト・エ・コン・フオーコ(ホ短調)、ピウ・モッソ(ハ長調)のトリオをもつ。フィナーレはアレグロ・コン・フオーコ(ハ長調)のロンドで、終盤に勢いを増し、冒頭主題を力強く歌って締め括られる。
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02月03日(月)
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