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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■2夜連続浅草ドライブ
わはは、「しかない」のですよかよちゃん、すみだトリフォニー応援団の女王。おれ団長。
またの名を招待古事記デュオ!!
だんしんぐ古事記のまねしただよ。
おれは「山下洋輔トリオ・ジェラルド大下・大駱駝艦」以外は一切要らないねー。ピアニストじゃないもん。
ははは。だんしんんぐ・・は聴いたことないだよ。名前だけ知ってるが興味ナシ!
立松和平がライナー書いてるボックスでユニオン吉祥寺で500円で買ってすぐ売ったなあ
いつだかテレビで坂本龍一と山下洋輔が即興ピアノデュオやっててこれまたぼーとくのきわみよね
ハザマミホとのニューイヤーコンサートで一番オーラあったのは客席にいたコルシカの画家なり。
え?え?わかんない、かいせつして
ヨースケさんとその愛弟子のハザマさんとのニューイヤーコンサートいったんだけど、なんか長いだけでなんだかなーと飽きあきしてきて。クラシック的な秀逸さしか感じんわ。藤井郷子とかとは比較にならんな、といらいらして観たなり。招待で客席に来てたコルシカ在住のレジオンドヌール勲章の日本人画家、名前度忘れしたけど、彼がもっとも無頼な品格のオーラを放っていた。やっとアーティスト見た、って感じましたもん。という件です。
ありがとー。わかるわかる、そうなんですかー。藤井さんの音楽は外部にあるけど骨格があるからね。
そうそ、安易な塗り塗り色彩パレットじゃないわけよね。郷子さんのは。えもいわれぬ混濁がどーんと在るという。
おはようかよちゃん。おおー、そういう語彙になるのね、洋輔と藤井の違い、対談集をつくろーね
よーすけはこの件では若く優秀な女生徒に目を細めているおやじ。ハザマとフジイの差ですな。
かよさん、いいレビューね!■
おお、ありがとさんです!凄く素直ないい音で吹くだよ、このイルニガー氏。本人名義のバンドのもよかったのだが書きそびれた。ヴェラ・カッペラーというピアニストが参加してるやつで、すごくアタリのピアノだった。


内田樹のこのテキスト、なるほどねえ・・・

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配偶者の「才能」「美貌」「情愛」などについて世間に知られることが少なければ少ないほど、「この人のほんとうの人間的価値を知っているのはこの世で私ひとりだ」という確信は深まる。
私が「この人の人間的価値」の唯一の証人なのである。
私がいなくなったら、この人はそのすばらしい人間的資質を誰にも認められぬままに終わる可能性がある。
そして、この確信から導かれる遂行的結論は「だから、私は生きねばならない」である。
もし、あなたの配偶者が誰が見てもすばらしい人間であり、周囲の人々がそれをほめそやすとしたら、そのことは「人が羨望するような財を手に入れた」という満足感はもたらすかもしれないけれど、「だから、どんなことがあっても私は生きなければならない」という使命感はもたらさない。
もし、あなたが真に人間的な人であったとしたら、「人が羨望するような配偶者を独占していること」について、無意識的な「疚しさ」が生じるはずである。
「誰から見てもすばらしい人間」を私的に占有することについての「罪の意識」は、人間が共同的な生き物である限り、必ず生ぜずにはいない。
その行動は、どこかで「この人は他者たちと共有されるべきである」という不条理な結論にあなたを導いてゆく。そして、あなたは配偶者を、気づかないうちに、「なかなか家に居着かない」方向に押し出すようになる。
つまり、「誰が見てもすばらしい、みんなが羨む配偶者」を得た人間は、その代償として、「私がいなくても、この人の才能や美質は引き続き高く評価されるであろう」という確信を埋め込まれる。
それは「私は存在しなくてもいいのだ」というアイデンティティの危機を遂行的な結論として呼び込むことになるのである。
それゆえ、古来、配偶者の選択については、「できることなら、誰も羨まない人間を選ぶ方が無難である」ということがひそかな人類学的ルールとなっているのである。
もちろん、そのようなことは決して公言されない。
「どうして私と結婚したの?」
「だって、キミのことを誰も愛していないからさ!」

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03月12日(火)
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