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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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そしてやはり、耳は渋谷毅に痛みも無くさっさと斬られるあずみ(小山ゆうのまんが)の刺客のように、で、なんでこんなにいいのだ、説明できない!と、毎日聴いているのだ。
それで、CDのラストに渋谷毅作曲山上路夫作詞「生きがい」、1970年、由紀さおりの7枚目のシングル、が、収録されている。あったな!この曲、リアルタイムで聴いてるよー、ガキの頃ながら「こんなふうに女のひとに好きになってもらいてえな、でもなあ、なんで別れてしまっているんだろうなあ、別れてしまっているのに女のひとがそれでも生きがいだなんて、男としては、・・・怖ええなあ!」などと、来るべき異性関係を予習していたものだ。が、このメロディー、渋谷毅、こそ恐るべし。坂本九「見上げてごらん夜の星を」の編曲も渋谷さんだった、とか、芸大の附属高校作曲科は菊地雅章との三人だったとか、浅川マキの「無題」は清水俊彦の詩と渋谷毅作曲だとか、あとから知ったけど。
由紀さおり。中古盤屋で「夜明けのスキャット」を手にしたオレゴンのジャズバンド「ピンク・マルティーニ」のリーダーが、本人と共演するようになって、『1969』というCD作って、世界的に売れている2011年だという。世界に「夜明けのスキャット」の世界はわかるのだろうか。あの動かし難い世界観、戦後、高度成長期、を経ての1969年に聴いた日本人たちが感じた衝撃は、どうなの?、
ルールールー、ルールールー、ランランラララー。これは、のちに宮崎駿監督が幼いナウシカに歌わせたルーツだと妄想する。「愛し合う そのときに この世は 止まる の。時のない 世界に ふたりは ゆくの よ。」ここでの「の」と「よ」の発音の深さ、これが20世紀最大の遺産だとわたしは思う。当時小学校3年生だったわたしは、「なぜだ、なぜ、あいしあうときに、とまるんだ?ほんとにそんなところへゆけるのか?」と母親に抗議するように問い詰めたものだが、「アンタ、また子どもなんだから、余計なことを考えなくていいの!」とマジゲンコツをもらった。エンディングはこのようになっている。「愛し合う 二人の 時計は 止まる の よ。 時計は 止まる の。」はじめの「止まるの よ」は、まるで甘えるように、いっしょにいくのよと約束するように、ほんのわずかおしりをうえにむけるように歌われる。つぎの「止まるの」は、女神が真実を語るように、厳粛な宣言をくだすように歌われて、この歌が閉じるのである。ですからですね、はたちの由紀さおりが歌わなければ、
「夜明けのスキャット」はイエローモンキーがその最盛期1995年に出したシングルのB面でカバーしている。吉井和哉の出自を明かしているような名演だ。
由紀さおりから渋谷毅に戻そう。
■ここに「(蝶々在中)」のジャケ写を配置してください
95年は、わたしはJポップでは小沢健二を、ジャズではベーシスト川端民生を、追っかけ状態であったのです。オザケンはCDあるし、渋谷の王子様でしたが、川端民生はCDは知らずにライブで惚れたのでした、ネイティブ・サンのメンバーだったことを知ったのはずうっと後で。
96年に小沢健二が渋谷毅、川端民生とのトリオで、つまりピアノとベースだけの歌伴でのシンプルな『球体の奏でる音楽』を発表すると知ったときは、世界をつかんだ気持ちになりました。この3人でのライブでの「天使たちのシーン」なんて・・・。
渋谷毅と川端民生は、98年に吉増剛造の朗読、フランスの越境ギタリスト、ジャン・フランソワ・ポーヴロス、とのセッションを行っている(http://www.jazztokyo.com/best_cd_2007/cd2007.html)。その頃の、二人のデュオ録音が今年CD化された。
ベースとピアノというとヘイデン〜ジャレット『ジャスミン』の記憶が新しいが、タガララジオ12(http://www.jazztokyo.com/column/tagara/tagara-12.html)をはげしく参照、お、おれ、名盤だと書いてるよ、さあ、どうだ、『(蝶々在中)』もかなり近いシチュエーションで二人の奏者は奏でているのであるが、軍配はどちらに、物言いがつきました。おれはひそかに、このリリースは渋谷のジャレットへの批評になっているとおれは思う。
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10月28日(金)
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