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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■エクスドット主催ジャチント・シェルシ「山羊座の歌」@杉並公会堂レビュー
東京音楽大学(現・東京藝術大学)を出て単身イタリアに渡った平山は、オペラ「蝶々夫人」を100回以上上演するが、その歪んだ日本人像を演じることにストレスを感じ現代音楽へ進む。「シェルシには近づくな、精神病院あがりの貴族が、道楽で作曲のまねごとをしているに過ぎないから」と忠告されていた。フォロ・ロマーノの遺跡群をのぞむ高級住宅街、そこのシェルシが最上階に住む建物でのディナーに招かれた平山は、ディナーを終えて帰るふりをして廊下で朝まで最上階から聴こえるシェルシの即興演奏に耳をすました。二度目には寒さを凌ぐために、ディナーに毛布を持参した。その後、平山のリサイタルを聴いたシェルシが「自分も微分音を用いた作品を作曲している。私が作曲したヴォーカル作品を演奏してみないか」と提案した。その楽譜を見た平山は、なんてつまらない曲なんだろうとの印象を持ったが、最上階から聴こえたシェルシの即興演奏を思い出して、その音楽の可能性を読み取った。1960年、その後25年間に及ぶコラボレーションの始まり。
まるで、映画だ。
子どもの頃、母方のおじいちゃんが、晩ごはんになるとお酒をのみ、朗々と歌を歌っていた、自分で手のひらを丸くこすって拍子をためて叩きながら。おれは微分音がなんで懐かしいかというと、その幼児体験があるからかもしれない。トヨツキ将軍も、子ども頃、毎朝坊さんの読経を聴いていたという。「八木節、あれは革命ですよ」「葬儀っていうのは、最初からお終いまでが音楽なんですよ、ジョン・ケージの前にすでにジョン・ケージなんですよ」「ちょっと、今度お経をがっつり聴きましょうよ」「お経ですよ、お経」「キャニオンのカセットがねー」
夜は更けてゆくのであった。
シェルシは杉並公会堂にいたはずである。
06月03日(金)
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