ID:7590
Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
[851784hit]
■パット・メセニーの最高傑作は『Quartet』である。パット・メセニーの夏の匂い。
「『We Live Here』はまったくダメです。『Immaginary Days』を素晴らしく感じる気持ちはわかるけど、あの壮大さの表現は自己模倣によるもので、単にピカソ・ギター1本のヒラメキで表題曲の“だし”が取れた、ってだけです。その“だし”の完成形が『Quartet』で、彼はそれ以降、この作品以上の新境地には出てきていません。」
「『Trio Live』という傑作を忘れていませんか?」
「だから、メセニーはできるんですよ、ああいう演奏も。要は、表現におけるリスクの取り方、みたいなもんです。」
「『ミズリーの空』『Pat Metheny & Jim Hall』はどうですか?」
「別格にいいですね。なんだかんだ言っても、下の世代は上の世代に勝てないです。単に才能という問題ではなくて。なんつうか、儒教的な態度でもいいんだけど、自分たちの上の世代の成果も失敗も含めて、どう受け取ってゆくか、は、メセニーに勉強させてもらいましたです・・・。」
「そんなもんですか。」
「そんなもんです。じゃ、とにかく最高傑作『Quartet』を改めて聴きましょうか。」
今日の定義:パット・メセニーの最高傑作は『Quartet』である。
パット・メセニーにとってピカソ・ギターというのは、非西洋音楽の導入、民族音楽との一体化、という“最終解決ギター”である。
微分音という言い方はしないけども、“チューニングされていない弦の響き”への強烈な希求をそこに聴き取れる。
体験的に、ギターという楽器こそがジャズ、ロック、クラシックといったジャンル(これ自体確固としたものでは実はないが)の垣根を、有効に越境できる楽器であることを、ぼくらはマルク・デュクレ、ビル・フリーゼル、エリオット・シャープ、ユージン・チャドバーン、そしてこのパット・メセニーなどから知らされてきている。それぞれ、じぇんじぇんちがうタイプのギタリストだけど。
▼
パット・メセニーの夏の匂い。
『Upojenie / Anna Maria Jopek & Friends with Pat Metheny』を聴いてて襲われてしまった。
ここで取り上げられている「Are You Going With Me」のビートのアレンジはブッゲ・ヴァッセルトフトが示唆したような感覚のもので、それを土台に女性ヴォーカリストのAnna Maria Jopekさん(アンナ・マリア・ジョペックかな?読めないですー)が独自のヴォイシングで楽曲をまるで新曲のように生まれ変わったものにしている。そしてハイライトで、パット・メセニーのギター・シンセ(あのトレードマークの音だ)が出現した瞬間に襲われてしまった。
「Are You Going With Me(邦題:ついておいで)」はパット・メセニー・グループの81年の作品『Off Ramp(邦題:愛のカフェオレ)』に収録されているナンバーだ(それぞれ、邦題がなんとも80年代を感じさせている)。
コンサートのオープニング定番のナンバーで、『Off Ramp』のスタジオ録音からライブ・ヴァージョンとなって化けたナンバーだと思う。彼らの初のライブ・アルバム2枚組『Travels』での「Are You Going With Me」こそは、当時のメセニーへの熱狂を支えていた出来。
図書館の閉館BGMが、このライブ・ヴァージョンだった。
誰かはLP集めるのやめて水泳に打ち込み始めたらすぐに死んだり、誰かが貸しレコード屋のバイトを始めたり、誰かが海の家にバイトをしに行ったきり退学したり、たった半年会わなかっただけで長い旅から戻ったように後輩に会ったり。マージャンとLPレコードとガールフレンドだけで人生を過ごし続けることができる、と、まじで思っていた。
中央線はがたがたと揺れて走っていたし、駅前も狭かった。銭湯へパンツ一丁と手ぬぐいだけで出かけていたし、夏には下駄をはいて帰りには古本屋に寄ったような気がするし、中華料理屋で「にくやさいたまごおおもり」か「ればにらたまごおおもり」を食べてアパートまで歩くと、昼間に水まきした残りに自転車が通る音がして、パチンコ屋のにぎやかな音が夕方の雑踏に混じりはじめていた。
[5]続きを読む
02月22日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る