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Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review @ Tokyo
by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
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■「ダウンタウン・ミュージック・ギャラリー(downtown music gallery)」・ペーターコヴァルトに捧ぐ・川端民生
わしの今のところ生涯ライヴ三傑は、昭和人見記念講堂でのヴァレリー・アファナシエフの初来日での友人の死に捧げられたモーツァルト、菊地雅章の5人ぐらいの編成のファンクなグループでの新宿ピットイン、小沢健二の初めての日本武道館初日、である(エグベルト・ジスモンチの松本でのピアノ・ソロ、仙波清彦と山木秀夫のダブルタイコでのジョン・ゾーンのプレイズ・オーネット、神奈川県民ホールの福田進一と客演したアコーディオンの京谷弘司、大泉学園インFでの千野秀一+竹田賢一……なども入れたいが)。奇を衒って書くのではない。7月24日の藤井郷子で四傑となった。「ジム・ブラック入りのCDは名盤のしるしだよねー」と言い合ったディスクユニオン吉祥寺店の友だち(彼女は耳がいいので、ファンが多い)も「ジャズ聴いてきてほんと良かったと思えるライヴでしたねー」と声を弾ませていた。
そしてこの生涯ライヴ三傑の菊地雅章のグループで文字どおり“オトコ惚れ”していた川端民生が、7月26日に逝去した。CDでは『ホッパーズダック』、ライヴでは昨年末新宿ピットインでの浅川マキのベースとして聴いたきりだった。浅川マキと一緒に煙草の煙を薫らせながら音を弾く深みは、病後の健在を示すよりも普遍につながる何かを空間に放っていた。今年の3月ジロキチでのネイティブ・サン約20年振り復活ライヴ、には意味があったのだろう。川端は、おそらく菊地雅章の叩きつけるピアノに勝てた唯一のベーシストだったろう。一撃で音楽を沸騰させることができるその意志のちからのようなもの、「川端民生の存在がジャズなんやで!」と言い放てたぼくの握リこぶし。「いや、もう、おざけんは天才。おざけんがいればECMの全部のレコードいらない!」と横井一江さんに言い放って唖然とされた直後に、ぼくは小沢健二と川端民生と渋谷毅のトリオでのレコーディング実現を知る。たしか小沢は川端を、大地に根をはって槍を持って立つ原住民の存在感、というような言い方をしていたけど、ほんとうだよな。しばらく川端民生の追っかけみたくなってしまったわし(30代半ばの当時は3人の子持ちがだぜよ)は、ライヴがひけて出口のところでモデルみたいにきれいなおねえちゃんと親しそうに話している川端の姿に、嫉妬感つうか、追っかけしているおのれの小ささに打ちのめされて遠くから眺めることにしたのだったな。何かのジャズ・フェスで小沢・川端・渋谷のトリオが出たとき(小沢の『球体の奏でる音楽』から唄ったのかな)、観客のブーイングにも似た冷たい反応があったとニフティのジャズ会議室できいたことがある。だからさ、自己紹介なんかで「私はジャズが好きです」なんて言えるような脂ぎったやつは大嫌い。それは川端民生を聴いていないよ、いや、音を聴いていないよ、ほんとうに音楽を聴いたらきっとぼくらは透き通った存在になってゆく。川端民生はもういない。残されたぼくたちは川端民生を心に宿そう。

■musicircus

02月07日(土)
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