ID:73399
羽積風narration
by 汐 楓菜
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■遠いことと近いこと
 イラン人シャム双生児の分離手術…あれは…人間の限界を超えた
ことだったんだろうな。それにしたって、頭部って…。そのまま29
歳までいっしょに生活されてたのもすごいし。もっと幼いうちには
手術できなかったんだろうか、とか考えてしまう。29年間…どんな
人生だったのだろう。どのくらい幸せで、どのくらい辛かった?
 昨日かな。“シャム双生児”検索でうちのサイト100題に辿り着い
た方がいらっしゃったんだけど、あんな守りに入った文章で恥ずか
しい。けれど、他に書きようがなかった。

 いろんなジャンルのいろんな人の日記が、長崎幼児誘拐殺人事件
の話題で賑わっている。みんな、やりきれない。
 少年法について書かれていること。“時事/社会”ジャンルの人
と“苦悩/心”“闘病”ジャンルの人では、微妙に捉え方が異なる
ようなのが興味深く感じた。
 犯罪者予備軍は、たくさんいる。だからといって、どこまで犯罪
者の身になって考えるべきなのか。それはやさしさではない。
 殺人について。聖書の時代では確か、家族の誰かが殺害された場
合、その被害者の家族が犯人を許すかどうかを決定する権利を持ち
更に許さない場合は、被害者の家族がその手で犯人を殺す権利を有
していたと記憶します。そこに少年法のような殺人犯の年齢を加味
した内容はたぶん無かったかと。
 今回のような動機のない殺人など。被害者のご家族は、その手で
犯人を殺して良いのではないかと思う。だけどそうしないで、やり
きれない思いを抱えて生きている人がたくさんいる。何故?だって
人を殺すのは、怖いことだから。限りなく正当に近い理由があった
としても、それでも人を殺すという行為は怖いものだと思う。殺さ
れる側だけでなく、殺す側も怖いという感覚があるはずなのだ。
 子供の心に学校生活は大きな影響を与える。学校で過ごす時間は
確かに長い。先生やクラスメートの言動は、良くも悪くも心に深く
長く刻まれる。だけど、学校が謝るのはやっぱり何か違う。
 「可能性」という言葉。前向きでとても素敵な言葉で好き。だけ
どそれが少年法を作っているのなら、複雑。罪を犯した若い人が、
更正できる“可能性”って…。
 あぁ。我ながら、平凡で稚拙なことばかり書いてるなぁ。

 お母さんはもっとまともな頃、私が子供の頃から働くのが嫌いな
人で、「女なのに、なんで働かなあかんの?」と平気で言うような
人だった。それはもちろん母が育ってきた時代背景もあるのだろう
けど。パートに出ることを余儀なくされても文句を言うばかりで、
続いたためしがなかった。そのくせ男には、何があっても家族のた
めに忍耐して働き続けることを当然のように要求した。その上、家
事もたいしてできてなかった。離婚をして金蔓が無くなっても、そ
れでも自分が働きに出る気はなかった。
 そんな母が望み通り、鬱病になり・身体を壊し・薬物依存になっ
て自他共に認める社会不適応者になった。鬱病のことなどは、自分
から早く医者に認定を受けたがっていた。「私、鬱病ですよね!だ
から働きになんか出られないですよねっ?」というふうにしか見え
ず、認定されたことを喜んでるようだと周りも言っていた。
 許せない!甘えるな!と思う私は心が狭いのか。“可哀想な”母
親に精一杯の愛情をもって支えてあげられない私は、心が狭い?

 弱い自分を認めたら、負けなんだと思った。
07月10日(木)
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