ID:71672
「L.A.S.Ponder氏」の音楽カレンダー
by L.A.S.Ponder
[262664hit]
■1868年9月17日 ブラームス作曲ドイツ・レクィエム第5曲初演
登山口はここ一カ所しかなく
年間10万人の岩登り挑戦者は
全員ここから頂上を目指しましゅ。
英語ドイツ語フランス語スペイン語のほか
日本語中国語韓国語でも
注意書きが書かれていましゅ。
心肺疾患患者、高血圧、低血圧、
運動器疾患などの最後に
太り過ぎている者とあるのが微笑ましい。
最初の数十メートルは
チキン・ロック(臆病者の岩)と呼ばれる
鎖のない急角度のスロープ。
老人や肥満者、
岩登りを舐めているサンダル履きのおねいちゃんなどは
ここでほとんどリタイア。
チキン・ロックを登り終えると
一本の鎖が六合目まで続く。
上り下り共用で左側通行でしゅ。
左利きのNandatte Cantabileには
不便極まりないでしゅ。。。
最大斜度45度、
平均36度の傾斜は
すさまじく100メートルも登らないうちに
息がゼイゼイしましゅ。
ところが普段ほとんど歩いていない
カミさんはすたこらさっさと登っていましゅ。
そう言えば昔
那須の山猿だったのでした。。。
六合目で登山用の鎖はなくなり
あとは素のぼり。
案内書では
登山靴または運動靴が必要とありましたが
サンハウスで買った九〇〇円前後の
運動靴では滑って滑って
危うく滑落死するところでした。
絶対登山靴が必要でしゅ。
一〇時三〇分頃
七合目付近まで到着。
ものすごい強風で
やせすぎの人は吹き飛ばされそうでしゅ。
昼の便でコネラン空港から
出航するツアー客もいるので
制限時間は二時間。
九時二五分までに
登山口に戻らねばなりません。
あと一時間あれば
頂上まで行けるのに泣く泣く断念。
ツアーグループ十数人のうち
頂上征服者はゼロ、
七合目付近まで来たのは
数名でしょうか。
それでも山腹から眺める大陸の風景は
超絶景でしゅ。
嫌な気分よさようなら!!!
赤道を越えるまでずっと
鬱の絶頂にいたのに
この岩の中腹に来たら
鬱は吹っ飛んじゃいました。
集合時刻が迫ってきたので
急いで岩を下る。
カミさんは猿飛佐助のように
するすると。。。
Nandatte Cantabileは
岩に腰を下ろしたまま
ジーンズを引きずりずるずると。。。
よく滑るし楽なので
あとかる降りてくる人たちも
Nandatte Cantabileの真似をしていましゅ。
二年に一人のペースで
滑落死人が出るのも無理ないでしゅ。
九時二五分
定刻ピッタリに登山口まで下山。
八時の時点でも
登山許可、登山口開門でしたが
九時の時点では
登山禁止、登山口閉鎖でした。
道理で
最後の方で登ってくる人がいなかったわけでしゅ。
ところでこのウルル、
赤道を越える前までは
Air's Rock(空気岩)と思ってましたが
本当は
1873年、イギリスの探検家ウィリアム・ ゴスが
探検行の途中で発見し、
当時のサウス・オーストラリア植民地総督
ヘンリー・ エアーズにちなんで名付けた
Ayers Rockでした。
嫌な気分やもやもやが
すっかり岩の上を吹く風に
吹き飛ばされてしまったような爽快感でしゅ。
一〇時三〇分には
マイクロバスに乗り
一一時ころホテルに帰着、
部屋で一休みでしゅ。
12時
ショッピン愚センターに行くも
今日も
ディジェリドゥの生演奏中止。
売店で20ドル20セントの食べ物を購入。
持ってきたペットボトル入りミネラルウォーターを
呑みながらベンチで昼食。
ホテルに戻り休憩。
午後はフリータイム。
何とこの村にはタクシーが無い!
レンタカーはあるけど国際免許がない!
で、
有料予約制の
乗合ワンボックス
The Uluru Expressを予約。
今日で有効期限の切れる
ウルル=カタジュタ国立公園入城許可証を
利用するため
午後は
先日ゆっくりできなかった
[5]続きを読む
09月17日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る