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「L.A.S.Ponder氏」の音楽カレンダー
by L.A.S.Ponder
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■父のお別れ会
戦争の語り部として
繰り返し話していたころ
たまたまPTA会長だったという
Nandatte Cantabileと同年代と思われる
Yさんは上品で
つつましやかな話しぶりながら
父の戦争体験を聴いて
心を強く動かされ
子どもたちを
絶対に戦場に送り出してはいけないと
決意され
のちに下野九条の会に参加されたことなどを
涙ながらに語られ会場の感動を誘った。
山梨、神奈川、東京などから来た
父の弟、甥、姪たちは帰りの時刻の都合もあり
Nandatte Cantabileの従姉妹たちは
涙が止まらないのでしゃべれないとのことで
父の兄弟姉妹で唯一存命の叔父が
代表して最後に挨拶を述べた。
14時からは近くで
下野九条の会の例会もあり
予定より10分遅れの
13時40分に散会。
外は土砂降りだった雨もやみ
晴れ間がのぞいていた。
お土産には
カミさんの発案でカステラ
そして父の好きだった
ロシア民謡のCDなどを
差し上げた。
親戚など思想的背景の薄い方々には
ロシア民謡、
父の同志たちや民主団体の方々には
労働歌やきたがわてつのCDなど
お客様に合わせて選択した。
CDはすべて
音楽センターの制作、発売したものである。
すべてお客様がお帰りになったあと
大量に余った
海鮮やきそば、サンドイッチ、寿司、フルーツなどを
カミさんとドラ息子と義父の4人で食べる。
無宗教のお別れ会のプロデュースは初めてという
白ゆり会館のS氏も
良い会でしたねと言う。
すべてを片付け
15時半近く家に引き上げる。
16時
那須へ帰る岳父を送ったあと
どっと疲れが出て
カミさんの勧めで
しばらく寝室で横になる。
目が覚めたのは20時ころ。
11月4日父の死後
躁転し浮足立ち、空回り状態の続いた
Nandatte Cantabileだったが
両サイドに暗黒の深い淵があり
高速で走っていないと
倒れてしまう自転車のように
虚無感、喪失感、虚脱感の淵に吸い込まれそうで
普段以上に行為心迫状態の
Nandatte Cantabileであった。
カミさんの的確な指示、命令がなければ
今日のお別れ会など
全くできなかったであろう。
いつもながらきびしい
わが杖と鞭である
カミさんに感謝。。。
お別れ会の準備に奔走した半月であったが
父の部屋の片づけや
数多くの事務処理が
迫っている。
ともかくお別れ会が
父の望み通り行われたと思い
安堵している。
11月20日(日)
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