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「L.A.S.Ponder氏」の音楽カレンダー
by L.A.S.Ponder
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■源氏物語千年紀 石山寺の美 そごう美術館
10年間の北海道での実践経験を買われて
博士号なしで教授に就任。
研究、教育、実践に大活躍しました。
朝早く登校し夜遅くまで
休む暇なくエネルギッシュに
活動されました。
甘いものが大好きで
昼は秘書に餡ドーナツを買いに行かせ
それで済ませることも
たびたびでした。
クリスチャンでしたが
日曜も教会に行かず
大学内外で仕事をすることも
多いのでした。
他人に厳しく
自分にはもっと厳しく
昼夜をおかず
活動されました。
自己の信念をあくまで押し通そうとされたので
内外に敵も多くありましたが
面倒見は抜群によく
大学在任中、多数の優秀な弟子を育てました。
新卒教室員が8人集まった年は
彼らを徹底的にしごき抜き
彼らが根を上げ
O助教授に
「これ以上しごかれたら
全員やめます。」
と直訴されるまで
しごきあげました。
もちろんアカハラではなく
無私の教育でしゅ。
I教授の下で
教室開設以来初めての大学院生となった
Nandatte Cantabileも
徹底的にしごかれ
4年次には鬱病、糖尿病になってしまいました。
結局Nandatte Cantabileは
留年してしまい(正確には大学院修学延長)
I教授の温情と大学の政治的配慮で
何とか修了させていただき
博士号を頂戴いたしました。
その後I教授は現学長と
教育上の問題で対立し
大学を辞任、下野しました。
そして一昨年でしたか
手術不能の進行胃がんが発見され
抗がん剤でかなりの延命に
成功しましたが
昨年11月3日帰天されました。
死は公表されず
葬儀は家族だけで執り行われたため
Nandatte Cantabileが
帰天を知ったのは
年が明けてからでした。
帰天を知った
教え子たちが
今年になって
偲ぶ会を企画したのは
当然のことでしゅ
猛将の下、弱卒なし。
偲ぶ会当日は猛特訓に耐えた
百戦錬磨のつわものばかり集まり
途中で敵前逃亡、戦線離脱した
多くの弱卒は一人の例外を除いて
誰も来ませんでした。
その例外はNandatte Cantabileでしゅ。
Nandatte Cantabileは
I教授の猛特訓を
のらりくらりとかいくぐり
重篤な鬱病を患いながらも
奇跡的にゴキブリのごとく
教室に生き残っていましゅ。
偲ぶ会は後半のDVD上映をカット
かなり時間オーバーし
奥様のご挨拶で無事修了。
第2部懇親会は
18時から
丸の内オアゾ5階和食「えん」に
会場を移し
大いに歓談しました。
懇親会二次会は
東京駅近くのビル5階の
変に明るい店に
東京に宿泊する6人が残り
Nandatte Cantabileも
11時15分までねばりました。。。
11時15分アラームが鳴り
暇を乞い
東京駅にダッシュ。
山の手線に飛び乗り
上野発最終東北本線に
滑り込みセーフ。
時刻は零時を過ぎ
列車は大宮を過ぎ
車内がすいてくると
向かい側の席に
若い素敵なお嬢さんが
しどけなく眠っていましゅ。
そのあまりに無防備なさまに
Nandatte Cantabile
スケベ心と同時に
大丈夫なのかなと
心配になりました。
1時を過ぎて
Nandatte Cantabileが下車するときも
彼女は無防備に眠ったままでしゅ。
なんとなく心残りのまま
1時半近くようやく自宅に
帰り着きました。
9866歩
03月21日(土)
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