ID:633
TAKANORHYTHM
by Tomoe
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■トカゲの気分を抱きしめて。 **松山サロンキティ終了**
肩をつかまれたり踏まれたり踏んだりしてたが、よろけてもこける心配はなかった(すきまがないから)。
終演後、サタニックブンブンヘッドで皆が踊ってたら、ステージからカメラで撮られてた。
フジ721かな?
***
昨日今日と広島は気持ち良く晴れ上がりました。
今日は江波(えば)というところに行って来ました。アベフトシの出身地(笑)。
(日帰りできる某・野洲には行ったことないのに。日帰りできるから行かないのか。笑)
広島の友達にはきいていましたが、特になにもないところでした。
市電で降りたら、すごい静か!!車も人も少ないし、店もあんまりなくて、音が全然しない。
たぶんアベの住んでたのはこっち側じゃなかったべな、と思いながらプラプラと散歩。
…といっても実質1時間以上歩いてたと思う。炎天下。
パン1個とオレンジジュースの朝食で我ながらよくやるなと;;
地元の人しかいない中をてくてく歩いて不審がられないかなと思いつつ。
てくてく歩いたら海のそばまで来たので引き返し、
とりあえずそのへんで唯一見れそうな江波山の気象台に行って来ました。
あとでインタビュー読み直して知ったのだが、アベも江波山のぼって遊んでたらしい。
よかった( ̄ー ̄) 江波皿山って地名もなかなかイイと思った(笑)。
神社にもおまいりしようと思ってしばらく探したんだけどなくて、
最初に通った気象台に戻ったら、その奥にあった。脱力…。
衣羽神社という小さい神社におまいりして、気象台で天体に関するビデオ見たり、
風速の実験や雲の実験などの体験ルームに入ってみたり。
見学しにきてる学生さんにまじって、ぼーっと過ごしました。
ほんとになんもない、のどかーな地域。
職人さんの家に生まれたアベはこの街で高校まで過ごし、ギターの練習してたのだなぁ。
その後、独立資金をためるため父親のとこで働いたのち、バッグひとつで友達を頼って上京したのでした。
都会育ちで、私立のエスカレーター校行ってたボンボンのチバとは、育った背景が天と地ほど違うかも。
今日帰って、ファンのバイブル「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」を箱の底から探し出し、
メンバー4人の3万字インタビューを読み返しました。
あふれかえるパスタの山(笑)のそこかしこにキラリと光るエピソードに微笑みつつ、
また切なくなってしまった。
4人のそれぞれの性格の違いがよく出てる。
それぞれに、バンドが何より大切だと言っていたあの頃。
昨日のライヴではアベ側にいたので、周囲みごとにアベオタに囲まれてまして。
皆「アベー!」「アベさーん!!」と声援送ってて、
一度ひっこんでから戻ってきてピックばらまいてくれたときは嬉しかったなと。
寡黙な人だけに、たまにこぼれる優しさにぐっと来ますわ。
5月末のZepp Fukuokaでは、アンコールでチバが後ろ向いてアベに曲を耳打ちしてて、
笑い合う二人の絵が微笑ましくて嬉しかったな… つд`) キラキラしてた。
広島クアトロで前に見たのは5/17だったから昨日でちょうど4か月だったんだな・・・。
98年11月号の3万字インタビュー後半にて。
山崎洋一郎氏「わかんないですけどね、5年後にはアベフトシ・ソロ・アルバム(笑)」
アベ「ないないない(笑)」
あれから5年。ソロアルバムは出てないが解散してしまいます、山崎さん(TдT)
なんといってもこのインタビュー一の名言はこれだよ。
「チバの事?…最も信頼できる奴。最も信頼できるし、尊敬してるし、カッコいい。
あいつの横でずっとギター弾いていたいと思うからね」
「俺もチバを必要としてるし、チバも俺を必要としてるし」
こんなことを言っていたのにな…。
何もかも変わらずにいることなどできないとわかっていた。
それでもあの二人が一緒にいるのを見れなくなるのはとてもとてもとても残念だ。
インタビューを読み直してみると、
チバ以外のメンバーは割と普通の常識人だなって思う。
アベは口数少ないだけで、ちゃんと喋るとわりと論理的な印象。
頑固一徹のギター職人って感じ。
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09月18日(木)
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