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遊戯王感想とか雑文とか(遊戯王の謎)
by 遺跡馬鹿
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■名もなきファラオの玉座
4月26日に放映された「世界ふしぎ発見−古代イギリス推理紀行−石に刻まれた記憶を求めて」では、イギリスに残る、不思議な石の伝説を追っかける内容でした。

石好きの私は楽しく観たんですけど、あの「運命の石−The Stone of Destiny」って古代エジプト…それも18王朝に在位していたツタンカーメンの玉座の下にあった石だったんですね。
なんか驚きましたよ。

で、あわてて「運命の石」を調べてみました。

★ガイドブック的説明−
現在はイギリスのエジンバラ城に展示されている。
5世紀にスコットランドに伝わり、その後スコットランド王の戴冠式に使われていた。
1296年にイングランド王のエドワード2世に略奪され、長いこと、ロンドンのウエストミンスター大聖堂におかれていた。
1996年、エリザベス女王によりスコットランドに返還された。

■この「運命の石」…私もエジンバラ城で見たけど、ミカン箱ほどの大きさで、表面は荒削り、色彩もない。
感想としては「へぇ〜、これがねぇ…」という感じ…(^_^;)
杭によって鉄輪が2つ、石に固定されています。
見ているだけで不安な気持ちを呼ぶタイプの石。

■そもそもスコットランド地方はモーゼの子孫が移り住んだという伝承が残るほど、エジプトと縁が深いのです。
そしてこの「運命の石」ですが、もともとの名前は「ヤコブの枕石」。

イスラエルのヤコブさんがこの石を枕がわりにして寝ていたトコロ、神さまが現れ、「お前さんが寝ている土地を与えよう」と、おっしゃった。
目覚めたヤコブさんは、枕にしていた石を建て柱とし、その地が自分のモノであることを宣言したのです。

■そんな大切な石がケルトの王子と駆け落ちしたエジプト王の娘、スタータ王女の子孫によってイギリスに持ち込まれ、それ以来、その石の上で王位継承の儀式が行われるようになったんだそうです。


★このサイトの「遊戯王時代衣装−ロゼチュ編 」でおまけとして書いた「ロゼチュの先祖はファラオとセト神官?…について」の答えがここではっきりと明らかになったので、これは後日訂正しないといけませんね…(^_^;)
まぁ、どうしてケルトの王子とエジプト王の娘が出会ったのか…それが気になりますが…。

石がスコットランドに持ち込まれたのが5世紀…。
その石がイングランドに奪われたのが13世紀…。


「真デュエルモンスターズU−継承されし記憶」の舞台は薔薇戦争の1455年〜1485年。
ゲームをしてないので分からないのですが、もしユギさんが王位についていたとしたら、「運命の石」の上で戴冠式をおこなっていないことになるので、「ちょっとくやしいぜ!」とか思ったかな…。


■で、ツタンカーメンの玉座が乗っかっていた石…ならば、当然、「愛する名もなきファラオ」も座った可能性があるのか…と、考えてみたけど、たぶん、違う。
ツタンカーメンはアマルナ宮殿を捨てて、テーベに戻ったので、その時に玉座を乗せた石をわざわざ移し変えるなんてコトないと思うし。
だからあれは「テーベの王宮で使用された石」だと言えますね。

だから、名もなきファラオは無関係なんですよぉ〜(T_T)残念だなぁ〜


■でも古代エジプトと言っても、ツタンカーメンは18歳でなくなり、その在位は9年ほどなので、在位はすごく短命で、けっしてありがたがるほど神聖視できる価値のある石とは思えないが…。
まぁ、ツタンカーメンの話は後世の誰かが付け足した作り話でしょう。

でも18王朝の話題が出てきただけで嬉しかった(^-^)
エジプトとイギリスのつながりも裏が取れたし…。

古いジャンプを引っ張り出し、王様が座っていた玉座をじっくり見ちゃいましたよ。(笑)

どんなコトでも良いの…、キミと現在をつなぐ確証が欲しいのよ。幻の人って想いたくないの…。

04月28日(月)
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