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KAMMYの日記
by KAMMY
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■〜決戦前々夜〜7年前の一次予選
<カズ自己記録更新>三浦知の1試合6得点は、W杯予選では1993年4月11日のアメリカ大会予選バングラデシュ戦(国立)で三浦自身が記録した4得点を抜く最高記録。国際Aマッチを含めても67年9月27日のメキシコ五輪予選フィリピン戦(国立)の釜本邦茂、83年9月7日のロサンゼルス五輪予選フィリピン戦(国立)の木村和司の6得点に並ぶ最多タイ記録。
・1997/6/25(水)
マカオ 0(0−1)4 オマーン
(0−1)
日本 3(1−0)0 ネパール
(4−0)
【得点】(日本)44分西沢、72分、87分三浦知
【日本】川口、井原、秋田、相馬、名良橋、山口、名波(→北澤)、中田英(→森島)、本田(→望月)、三浦カズ、西澤
*井原正巳がAマッチ通算100試合出場達成
・1997/6/28(土)
マカオ 2(0−1)1 ネパール
(2−0)
日本 1(1−0)1 オマーン
(0−1)
【得点】(日)4分中田(オ)18分サミル
【日本】川口、井原(→秋田)、相馬、斉藤俊秀、中村、鈴木秀人、山口、名波、平野(→岡野)、中田英、三浦カズ
***
記録が長くなったが、俺自身の記憶が・・・あまりない。
オマーンラウンドのときは、ちょうど仙台から東京への異動(今の会社への復帰)の直前で、結構ばたばたしていた記憶はある。で、日本の試合が3試合とも23時JST開始で、「とりあえづ最初のオマーン戦がヤマ」とは思いつつ、寝て、朝起きたら勝っていた。こんな感じ。
で、そんなこんなで日本ラウンドは余裕で迎えて、初日は2試合、中日は日本戦は見ているはずだが、記憶がない・・・。で、千秋楽。この日はえらい雨で、とりあえづ第一試合(16時半開始)のマカオ−ネパール戦はBSで見る。で、戦前はネパール優勢の報道だったのだが、マカオが健闘して逆転勝ちで、場内大盛り上がり。で、国立行こうかと思ったが、
・この時点で、日本は9点差以内での敗戦でも一次予選は通過できていた
・この大会では、JFA後援会会員は当日会場に行けばチケットが「無料」で貰えたので、金的にはあまり痛くない
・風雨が激しかった
ので、結局欠場。食事買いに行って、帰ってきたら前半15分くらいだったので、ヒデの先制ゴールは見ていない。気づいたら同点で試合終了。
やっぱ、最終予選の印象が強くて、一次予選はほとんど記憶にない、というのが正直なところ。
ちなみに、ブランメル仙台(当時)は、オマーンラウンドの頃はナビスコ杯予選リーグ。清水、市原、そしてロペス・中田英を擁する平塚相手に1分(清水)5敗・・・。日本ラウンドの時は、エルスナーが辞任し、ルス体制でスタートしたデンソー戦(刈谷)。松永奮闘空しく、小林Vゴールで0V1で敗戦したのが、開幕前日の6/21(土)で、これで7連敗。で、日本の最終予選進出が決まった翌日の6/28(日)には、甲府相手にボンバー大倉の二発で2−0で勝利している。
ついでに、U18クラブユース北海道・東北予選では、塩釜FC、C札幌に敗れて全国大会出場ならず・・・。
***
さらに遡ること、1993年アメリカW杯の一次予選になると、確か日本・UAE・タイ・バングラデッシュ・スリランカの5チーム中1チーム進出で、日本・UAEのダブルセントラル。日本ラウンドの、最初の日本−タイ戦が神戸ユニバで、他が国立だったかな。
○日本ラウンド
日本 1−0(1−0)タイ カズ
日本 8−0(3−0)バングラ カズ4、高木2、福田正2
日本 5−0(3−0)スリランカ 高木2、柱谷哲、カズ2
日本 2−0(1−0)UAE 柱谷哲、高木
○UAEラウンド(1993/4/28−5/7)
日本 1−0(0−0)タイ 堀池
日本 4−1(3−1)バングラ 福田、カズ、吉田(磐田)、高木
日本 6−0(2−0)スリランカ ラモス、井原2、高木、カズ、中山
日本 1−1(0−0)UAE 澤登
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02月16日(月)
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