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活字中毒R。
by じっぽ
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■「障害を持ってたら、TVアニメのヒロインになる権利もないんですか?」
『レインツリーの国』(有川浩著・新潮文庫)に収録されている、山本弘さんの「解説」より。
【『図書館戦争』は架空の話ではありません。それはげんに今、現実のこの日本で起きていることなのです。
現実が『図書館戦争』の世界と違うのは、「禁止語」を取り締まっているのがメディア良化委員会という架空の組織ではなく、マスメディア自身ということです。1970年代、一部の人権団体がちょっとした表現にも過激に抗議してきた時期があり、それに対応するために出版社や放送局が自主規制を開始したのです。今ではほとんどの大手出版社、放送局、新聞社に、自主規制語(禁止語)のリストがあります。作家がそれらの言葉を使うと注意され、書き換えや削除を要求されます。
無論、それが本当に差別をなくすのに役立つなら、自主規制もやむをえないでしょう。しかし、現実はまったく逆です。
最大の問題は、自主規制の対象が、文章の内容が差別的かどうかではなく、単語レベルで判断されるということです。差別的なニュアンスなどまったくなく、障害者に好意的な内容であっても、禁止語を使っただけで規制されてしまうのです。
近年では、そもそも作中に障害者を登場させることすら避けるような風潮が存在します。たとえば僕は、少し前から、統合失調症の少女をヒロインにした恋愛小説の構想を練っています。もちろん、統合失調症について勉強し、病気で苦しむヒロインのことを好意的に描こうと思っています。ところが、この小説のプロットを語って聞かせると、どの編集者も困った顔をします。「精神病を小説で扱うのは難しい」というのです。
このようにして、障害者の実態が読者や視聴者の目から隠されてゆきます。自主規制があるために、障害者を正しく好意的に描くことすらできないのです。これでは本末転倒です。
『図書館戦争』がアニメ化された時、「恋の障害」が問題になりました。このエピソードはDVDの3巻に(「恋ノ障害」というタイトルで)収録されたものの、TVでは放映されなかったのです。
有川(中略)例えばアニメで、小牧と毬江のエピソードが地上波で放送されなかったのは、毬江が聴覚障害者という設定だったからなんです。毬江のエピソードはTVではできません、ということがアニメ化の大前提だったんです。それを了承してもらえないと『図書館戦争』はアニメ化できません、と真っ先に言われたことがとても衝撃的でした。(後略)
――『活字倶楽部』2008年秋号「有川浩ロングインタビュー」
この話を知って、僕は本当に腹が立ちました。いったい難聴者の出てくるエピソードをTVで放映することの何が悪いというのでしょう。それではまるで、『図書館戦争』の中でメディア良化委員会がやっていることと同じではありませんか。
毬江なら言うでしょう。「障害を持ってたら、TVアニメのヒロインになる権利もないんですか?」と。】
〜〜〜〜〜〜〜
これを読んで、「そういうのって、けっこう前の話なんじゃない?」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
『ちびくろサンボ』とか「手塚治虫先生の漫画の『差別表現』」が問題になっていた時代のことではないか、と。
ところが、この「解説」が山本弘さんによって書かれたのは、2009年5月なのです。
『図書館戦争』がアニメ化されたのが、数年前の話ですしね。
毎年、8月の終わりに放送される「24時間テレビ」では、「障害を持つ人たち」に関する、さまざまな「美談」がつくられていきます。
何十年もあんな「チャリティ番組」が続いているにもかかわらず、普段の番組では、いまだにこんな「自主規制」が行われているのです。
「抗議されると面倒」だとか、「デリケートな問題には、触れないほうが無難」だという気持ちはわかるんですよ。
でも、そんな事なかれ主義の「マスメディア」に、本当に価値があるのでしょうか?
山本さんが書かれているように、「難聴者の出てくるエピソードをTVで放映することの何が悪いというのでしょう」?
明らかに差別を助長する内容ならともかく、「ひとりの人間として生きていること」を描くことに、何か問題があるのでしょうか?
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08月05日(金)
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