ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■河合隼雄・文化庁長官の「本当の祝辞」
『「空気」と「世間」』(鴻上尚史著・講談社現代新書)より。

【入学式、卒業式、終業式、入社式、いろんな儀式で、その中身、つまりは、校長先生や社長のスピーチに感動し、今もずっと覚えている人は日本中に何人いるでしょうか。たいてい、そのスピーチは、当たり障りのないことを言います。もしくは、お葬式のお経や御祓いの言葉のように、一般人には意味不明の言葉が続きます。
 そういう儀式のスピーチや御祓いの言葉に感動した、なんていう人にはめったに会いません。中身は問題ではないからです。その儀式を行い、みんなが参加することが目的だからです。
 何年も前ですが、「日本劇団協議会10周年記念総会」というのがありました。日本の主だった劇団が参加している組織なのですが、そこに、当時、文化庁長官だった心理学者の河合隼雄さんが政府を代表して祝辞の挨拶に立ちました。僕は、参加している劇団の代表者の一人として、そのスピーチを聞く側でした。
 河合さんは懐から折り畳まれた書き付けを出して読み始めました。
「本日、この良き日に、『日本劇団協議会』が10周年を迎えるにあたり、一言、お祝いの言葉を申し上げます」
 と、極めて型通りの言葉でした。
 出席者全員が、長く退屈なスピーチを予想してうんざりした瞬間、河合さんは、書き付けをテーブルの上に置いて、
「と、いうような文章を文化庁の事務方が書いてくれたんですけど、僕は、本当に演劇が大好きなんですよ」と、話し始めました。
 会場はどよめきました。公の式典で、そんな話し方を初めて聞いたからです。それは、本当に私たちに向かって話しかけていると感じた瞬間でした。それから、河合さんは、10分ほど、自分がどれだけ演劇が好きで、どんな作品を見てきて、どんなに演劇に勇気づけられたかを語りました。
 そして、最後に、「それでは、せっかく、事務方が書いてくれた文書なので、最後の部分を読んで終わります。『末尾ながら、日本劇団協議会のますますの発展をお祈りし、10周年のお祝いの言葉とさせていただきます』」
 そして河合さんはスタスタと演壇を去りました。
 その瞬間、会場から割れんばかりの拍手と歓声、口笛が起こりました。自分の言葉で話すとはこういうことだ、本当の祝辞とはこういうものだ、文化庁長官だって紋切り型にしなくていいんだ、日本人だって形だけの言葉に退屈しているんだ、そんな感動と称賛に溢れた拍手と歓声、口笛でした。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕はいままで40年近く生きてきて、たぶん1000回くらい、あるいはもっとたくさんのスピーチを聞いてきました。
 なかには、聞き終えたときに「これはいい話だったなあ」と感動したこともあったはずなのですが、「じゃあ、その内容を教えてよ」と言われると、なかなか思い出せないものみたいです。
 そもそも、地位が高くて、その現場に直接関係が無い人のスピーチというのは、紋切り型でつまらない場合がほとんどです。
 結婚披露宴では、花婿のお父さんが飲みすぎてフラフラになり、涙ぐみながら短い話をしている姿に、けっこう感動してしまうこともあるのですが。

 そんな僕でも、鴻上さんが紹介されている、この文化庁長官時代の河合隼雄さんのスピーチは、ぜひその場で聞いてみたかったなあ、と思います。
 もちろん、こういう「常識破り」のスピーチがいつでも、誰にでもできるというわけではなく、もともと高名な心理学者であり、「政治家として大臣の椅子に上り詰めた」わけではない河合さんだからこそ許されたのでしょうし(実際は、後で事務方にイヤミのひとつも言われたかもしれませんが)、
河合さんが本当に「演劇好き」で、「自分の言葉」で語れる分野のスピーチであったから、ではあるのでしょう。

 そして、僕はこんなことも考えます。
 もし河合さんが、同じスピーチを「いまの日本の偉い人の形式通りのスピーチに対する皮肉」を混じえずに、いきなり、「僕は、本当に演劇が大好きなんですよ」とはじめていたら、このスピーチは、こんなに鴻上さんの記憶に残っただろうか?
 その場合は、「ああ、よくできたスピーチ原稿だな」とみんなに思われただけでおしまいだったかもしれません。

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08月27日(木)
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