ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10024263hit]

■ナインティナインの岡村さんが「笑いの神様っていんねんな」と思った瞬間
『働きマン仕事人に聞く』(一志治夫・文、安野モヨコ・画:講談社)より。

(各界の「仕事人」たちへのインタビュー集。ナインティナインの岡村隆史さんの回の一部です)

【テレビに出始めてみると、一見簡単に思えることが意外に難しいことがわかってくる。お笑いの深さを改めて知ることになるのだ。
「『とぶくすり』とかやってるころ、プロデューサーさんから『お前らプロちゃうんか』と叱られて、そうやそうや、プロやった、と思ったこともあった。年齢の近い仲間と一緒やったし、遊びで始まっていた部分もあったので、周りから厳しいことを言われて気づくことも多かったんです。自分らは楽しいと思ってやっていたけれど、『もっとテレビをわかれ』と言われ、どんどん教えてもらっていった。カメラがどこを向いているのかを意識して、カメラが来たときにボケる。カメラが回っていないところでボケても仕方ない。お笑いとはなんぞや、ということを現場で叩き込まれた」
 プロデューサーから、こういわれたこともある。
「そんなネタで笑うわけないよ。あのカメラマン、志村けんと一緒にやってきた人だよ。そんな小細工は通用しない。いまの頭を壁にぶつけるシーンだって、志村けんならどうしてたか」
 そんな問いかけをプロデューサーから投げつけられて、岡村たちは成長を続けていったのだ。
「子どものころから見ていたような有名な番組に出るときは、やっぱりプレッシャーもあった。足がすくんで前に出られないとか。でも、結局、前に出られへんかったら、映らないままで終わってしまうし。『とにかく、打席に立たないと意味がない』とプロデューサーからは注意された。『とにかく打席に立って、それでもしスベッても、編集で消されているだけのこと。ウケたらオンエアに乗るんだから、ビビッて前に出ないようなヤツは、結局、いてもいなくても一緒なんだ』と言われたんです」
 岡村には、いまだに忘れられないシーンがある。「なるほどザ・ワールド春の祭典』に出演したときのことだ。そこそこ売れてきていたとはいえ、まだ全国区とは言い難い時期だった。
「スタジオの前のほうに脚のついたボタンが置いてあって、早押しで問題に答えるコーナーがあったんです。志村さんとかとんねるずさんとかがいて、志村さんとかがむちゃくちゃボケるんです。ボタンじゃないところをパーンと叩いたり。うわー、ええなって。でも、そんな錚々たるメンバーと一緒だから、前に出て行けないんですよ。でも、打席に立たんとと思って、次の問題になった瞬間に僕はばーっと走り出したんです」
 そのとき、事件が起きる。
「笑いの神様っていんねんな、と思ったんですけど、ボタン押そうと思って、ボタンしか見てなくて、そしたら、司会の楠田枝里子さんがふわーって視界に入ってきたんです。それで、楠田さんにぼかーんと激突したんですね。楠田さん後ろによろけて倒れはった。で、お前、何してんねーんとなって、今田(耕司)さんが僕と同じチームで、僕のことをぱかーんと投げて、その瞬間に力のある先輩方がどんどん突っ込んでくれて、僕はただすみませーんって謝ってた。とにかく、それがものすごい笑いになって。ああ、打席に立てばええことがあるんだ、とそのとき思ったんです」
 こんなことを繰り返しながら、ナインティナインの岡村隆史は、お笑い界の中で少しずつ地歩を固めていった。90年代前半には、長寿番組となる「めちゃ×2イケてるッ!」(フジテレビ系)、「ぐるぐるナインティナイン」(日本テレビ系)がスタートする。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この岡村さんの話を読んでみると、テレビに出ているタレント、とくに「芸人」さんたちというのは、「ただ舞台の上で面白いことをやっていればいい」というものではないのだな、ということがよくわかります。大勢の同業者がいるバラエティ番組で、どんなに面白いネタをやったり、ボケたりしても、タイミングやカメラの向きをある程度「計算」していなければ意味がなくなってしまうのです。そう考えると、「ひな壇芸人」だって、そんなに簡単なものではなさそうです。


[5]続きを読む

01月21日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る