ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「学校保護者関係研究会」で紹介された、驚愕の「保護者からの苦情例」
『となりのクレーマー』(関根眞一著・中公新書ラクレ)より。

【本来、苦情には簡単に解決できる他愛のない事柄から、解決の糸口がなく、クレーマーの疑い濃厚というケースまでたくさんあります。
 大阪大学の「学校保護者関係研究会」という会の合宿で、講演をする機会がありました。その会は、阪大を中心とした各大学のさまざまな領域の教職員を中心に、精神科の医師や弁護士、市の教育委員会参事、高校の教師、それに阪大の研修生10名ほどで構成されており、初等・中等教育に属する学校に寄せられる苦情への対応を検討することを、目的としています。
 そこで紹介された保護者からの苦情例を挙げてみましょう。(小野田正利『悲鳴をあげる学校』より)

「窓ガラスを割ったのは、そこに石が落ちていたのが悪い」
「けがした自分の子どもを、なぜ、あんなやぶ医者に連れていったのか」
「学校へ苦情を言いに来たが、会社を休んで来たのだから休業補償を出せ」
「運動会はうるさいからやめろ」
「野良犬が増えたのは、給食があるからだ」
「今年、学校の土手の桜が美しくないのは、最近の教育のせいだ」

 この申し入れを見たとき、多くの人は首を傾げるでしょう。
 しかし、いずれも実際に学校に寄せられたクレーム、苦情なのです。もちろん、これらのレベルでは、クレームを情報資源にしよう」などと考えられるものではありません。
 また、ある県の公立学校では、近在の住人から「風で校庭の土ぼこりが舞うから何とかしろ」と言われ、スプリンクラーを取り付けたそうです。そして、その後統合された新学校にも、最初から取り付けたとのことです。
 これらは、サービス業の現場で起こっている苦情とは少し違います。保護者と学校だけの関係をも言い切れない問題のようです。学校に寄せられる苦情の特徴を挙げれば、対象が広範囲であり、焦点を絞り込むことが難しいものもあり、必ず返事をしたり、しかるべき対応をとったりする必要があるのかどうかも疑問だと思います。
 学校の苦情の難しさは、単に学校の先生方が苦情対応に慣れていないというだけでなく、「プロの苦情対応者でも判断に困るような内容である」というところにあるようです。落としどころが見つからないという側面に注目すれば、ある意味において「クレーマー対応」に近いものが延々と続くものとも考えられます。こんな「苦情」に付き合っていたのでは、教師や学校関係者の神経がどうかなってしまうのも、仕方ないようにも感じます。】

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 学校の先生たちは、日々生徒を指導するだけでも大変だというのに、こんなさまざまな「苦情」にさらされているのですね……
 僕はこの「苦情例」を読んで、正直あきれ果ててしまいました。いやまあ、僕自身も休みの日に朝早くからアパートの前で大声を出して遊びまわっている子どもたちに対して、「かんべんしてくれ……」と不快になることはありますし、確かに「学校の近くで生活する」というのは大変なのでしょうけど。

 これらの苦情の中には、「今年、学校の土手の桜が美しくないのは、最近の教育のせいだ」というような、「こういう苦情を言ってくる人をいちいち相手にしていてもしょうがないよな」としか言いようがないものもあります。
 しかしながら、「運動会はうるさいからやめろ」「野良犬が増えたのは、給食があるからだ」なんていうのは、「運動会が騒がしいのは事実」ですし、「給食と野良犬の増加に因果関係が絶対にないとは言い切れない」はずです。だからといって、「運動会は中止」「給食はやめて学校内では飲食禁止」にするべきだと言われても、それはさすがに難しい。
 以前は、こういうデメリットに対して、近隣の住民は、「まあ、学校の近くに住んでいるんだから、しょうがないか……」と受け入れていたのだと思うのです。もちろん、僕が学生だった20年くらい昔にも、「買い食いをして道路を汚す」とか「登校時に道を占拠していて危ない」というような近所の人からの苦情というのは、けっこうあったと記憶しています。


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10月27日(土)
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