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活字中毒R。
by じっぽ
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■「史上最高の人気プロレスラー」ゴージャス・ジョージの伝説
『1976年のアントニオ猪木』(柳澤健著・文藝春秋)より。
【第2次世界大戦以前、プロレスはリアルファイトのふりをしていた。プロレスは偽装されたスポーツだったのだ。多額の賭けが行われたために、ビッグマッチには必ずマフィアが絡んだ。レスラーたちはマフィアの指示通りに勝ち、あるいは負け、賄賂を受けとった新聞記者たちはプロレスの全貌を知りつつもスポーツとして記事を書いた。
だが第2次世界大戦が終わり、まったく新しいメディアであるテレビジョンの時代がスタートすると周囲の環境は一変した。
テレビを支えるのは企業スポンサーである。企業スポンサーは犯罪組織とギャンブルの匂いを何よりも嫌う。視聴率さえ取れれば、リアルファイトであろうとなかろうと構わない。
長く沈黙していたプロレスはテレビ向けの健全なエンターテインメントに生まれ変わることによって新時代に完璧に対応した。
その代表がゴージャス・ジョージである。
1915年にネブラスカ州セワードに生まれたジョージ・レイモンド・ワグナーは10代の時にプロレスラーを志した。身長175cm、体重97.5kgと体格に恵まれなかったワグナーは、ホンブルグ帽(フェルト製の中折れ帽)をかぶって杖を持ち、スパッツをはいたドイツ兵のヒール(悪役)としてキャリアをスタートさせた。だが10年間必死に努力したものの、全く芽の出なかったワグナーは、遂に前人未到の道を行くことを決意した。
1948年にロサンジェルスにやってきたワグナーは、リングネームをゴージャス・ジョージと改め、これまでとは全く違うレスラーとして生まれ変わった。
このリングネームは1920年代に活躍したフランス人ボクサー、ジョルジュ・シャンパルティエに由来している。シャンパルティエはその美貌から”華麗なるジョルジュ(Gorgeos George)”というニックネームをつけられた。ワグナーはシャンパルティエのニックネームをそのまま頂戴し、フランス・ブルボン王朝の貴族のパロディを徹底的に演じた。
燕尾服と縞のズボンを身につけた礼装の執事が入場口からリングへと続く真っ赤な絨毯を敷き終えると、エルガーの行進曲『威風堂々』のレコードが鳴り響く。入場テーマ曲を使うレスラーなど前代未聞だった。
もうひとりの執事を従えたジョージが絨毯の上をゆっくりと進む。もともと茶色だった髪はプラチナブロンドに脱色された上に優雅なウェーブがかかり、金色のピンで留められている。
入場途中、ジョージは観客のひとりにターゲットを定める。多くの場合、それは太りすぎか何の魅力もない女性だ。通路の脇に座る女性の横で立ち止まったジョージは、その女性を上から下まで見回すと、明らかに嫌悪の表情を見せて言う。「おお、これはひどい!」
彼女の夫もしくは恋人は怒り心頭に発してジョージに殴りかかろうとする。執事は必死に止める。ジョージがリングに上がるまでに、すでに観客席は罵声の嵐だ。
自らを”蘭のように美しい男(The Human Orchid)”と呼ぶゴージャス・ジョージが蘭の花を持ってリングに上がる。身に纏う豪華絢爛な薄紫のガウンにはレースやフリルがたっぷりとつけられている。
ゴージャス・ジョージは清潔を愛する。ふたりの執事は絨毯の埃をホウキで払った後、前の試合で戦ったレスラーたちの体臭を消すべく、そこら中に”シャネルNo.10”をふりまく。もちろんそんな名前の香水など実在しないのだが。
レフェリーが試合前のボディ・チェックを行おうとすると、ゴージャス・ジョージは「その汚い手をどけたまえ!」と命令し、執事はレフェリーの手にまでシャネルをふりかけることになる。
リングアナウンサーが「華麗なる容姿を持ち、大いなるセンセーションを巻き起こす東西両海岸の人気者、ゴージャス・ジョージ!」とコールする時も、ゴージャス・ジョージは傲然と動かない。対戦相手もレフェリーも眼中になく、観客からの非難の口笛も野次もジョージにはまったく聞こえないようだ。
だが、試合開始のゴングが鳴り、自慢のプラチナブロンドに相手が触った途端、激怒したジョージは一転して大悪役に変身し、あらゆる機会を見つけては卑怯な反則行為を繰り返す。
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06月27日(水)
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