ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「小説というのは、どうやって書いたらよいのでしょうか?」
『リトル・バイ・リトル』(島本理生著・講談社文庫)の巻末の原田宗典さんの「解説」より。
【「小説というのは、どうやって書いたらよいのでしょうか?」
と若き日の林芙美子は、”小説の鬼”と呼ばれた作家、宇野浩二に尋ねたという。林芙美子というのは、後に『放浪記』を書いて、広く愛される作家になった人である。宇野浩二と初めて会った時は、まだ女学生だったという。
「小説というのは、どうやって書いたらよいのでしょうか?」
この素朴すぎて感動的ですらある質問を、よくぞ口にした。さすが林芙美子、と私は思うのである。
対する宇野浩二の答えも、質問と同じくらい素朴なものだ。曰く、
「話すように書けばよろしい。これは武者小路実篤氏が祖です」
簡明にして的確に、浩二は核心を述べている。いや、大袈裟に言うのではない。話すように書く――そういう文章が書ければ、それは小説になる、と言っているのだ。
宇野浩二という人は、先年亡くなられた水上勉さんが師と仰いだ作家で、文字通り生涯を文学に捧げた人である。たとえ無名の女学生からの質問だからといって、こと文学に関しての問いかけに、その場しのぎの適当な答えを返すとは思えない。
「話すように書けばよろしい」
これは、魔道とも呼べる文学の道を血を流しながら歩んできた宇野浩二が、素手で掴んだ一つの真実であったに違いない。本当のところであるからこそ、咄嗟に答えたのだと私は思う。ちなみに「話すように書けばよろしい」小説の祖と呼ばれている武者小路実篤という作家は、世間ではかぼちゃの絵とか好々爺然とした肖像写真などで知られるばかりだが、この人こそ口語体の元祖であると言っていい。若き日の実篤が、普段話しているようにして書いた小説は、芥川龍之介をして、
「文学の天窓を開け放ったような」
と言わしめたほど斬新なものであった。実篤のすごいところは、生涯を通じて、小説も詩も戯曲も論文も、すべてを「話すようにして書」き抜いた、という点である。現在、私たちがこんなふうに口語体で書けるようになる上で、実篤が果たした功績は、実は大きいのではないか、と私は考えている。
さて林芙美子が「小説の書き方」を宇野浩二に尋ねてから、百年近い月日が流れて、二十一世紀。これだけ時間が経っているのだから、「小説の書き方」だって相当進歩し、変化しているはずだろう――と思いきや、答えは今日でも変わらない。
「話すように書けばよろしい」のである。
しかし実際に書いてみれば分かると思うのだが、人間というのは日頃自分がどんなふうに話しているか、なんてことは意識しないで生きているものなので、いきなり「話すように書け」と言われても、どう書けばよいのか分からないのが普通である。大抵の人がここで挫折し、自分には書けない、と諦めてしまうか、「話すように書く」ことを無視して、「書くように書いて」しまう――しかし「書くように書いた」文章は滅多なことでは情緒を生まない。それは単に情報を伝えるだけのもので、目には触れても、心に触れることはない。
その昔チェホフが口にしたという「雨が降ったら”雨が降った”とお書きなさい」という言葉――なあんだ、そんなこと、当たり前で簡単すぎることじゃないか、と軽んじられがちだが、書いてみると、これが非常に難しいことであると段々分かってくる。書き言葉、特に日本語は装いたがる性質を有しているために、つい余計な形容詞をくっつけたりしてしまう。”雨が降った”だけでは何だか物足りないような気がして、”銀色の雨がしとしと降った”などと書いてしまうのだ――これは、前述の「書くように書いた」文章の一例でもある。「話すように書く」ことができれば、ここは当然”雨が降った”だけでよいのである。】
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「話すように書けばいい」
以前にも聞いたことがあるような気がするのですが、今回、原田さんの文章のなかでこの言葉を読んだとき、僕はなんだかすごく感動してしまったのです。書けば書くほど「書くように書く」というか、ついつい凝った言い回しや個性的な比喩を目指してしまいがちになるんですよね。それで、「うまく書けない自分」に絶望しては消し、の繰り返しになってしまうのです。
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03月13日(火)
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