ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「黙殺」されている、超人気マンガ原作者の正体
『ダ・ヴィンチ』2006年12月号(メディアファクトリー)の「呉智英の『マンガ狂につける薬・第143回」より。

【この数年、マンガ界はある原作家に乗取られたような状態にある。それは、1970年前後の梶原一騎のブーム、続いて起きた小池一夫のブームと似ているようで大きくちがう。
 似ているのは、何誌ものマンガ誌が競って同じ原作家を起用したことだ。梶原ブームの時も小池ブームの時も、見る雑誌、見る雑誌に彼らの原作マンガが載っていた。今回のある原作家のブームは、それ以上である。見る雑誌、見る雑誌どころか、見るページ、見るページである。老舗「漫画サンデー」など、今年上半期にはこの一誌に三本も並行連載され、まるで個人誌状態であった。この原作家は、毎月40本近い原作を書いている。つまり、毎日必ず1本以上の締切りがあるのだ。推定原稿料は毎月数千万円。加えて、人気作は百万部単位で単行本となり、テレビドラマ化もされるから、印税や原作料が何億円も入る。
 ところが、この超人気作家、知名度がきわめて低い。評論家が論じたりすることもない。それはちょっとまずくないか、ということを最初に言ったのは、昨年末の「このマンガを読め!」(フリースタイル)の年末回顧座談会での私である。その後、この夏、なんと朝日新聞の日曜版が3週に亘って連続インタビューを掲載したが、ほとんど話題にならなかった。
 ここまで読んできた読者よ、この原作家が誰だかおわかりだろうか。その名は倉科遼(くらしな・りょう)。時に司敬の別名も使う。20年ほど前までは、この司敬の名で学ランものマンガを自ら描いていた。今は、水商売・芸能界などのネオンものを中心に、経済ものや歴史ものなどの原作も書く。一誌に2本目3本目を書く場合、司敬の名を使うようだ。
 これほどのマンガ家歴があり原作者歴があり、毎月40本以上の締切りを抱えながら、知名度も低く、評論家が誰も論じないのは、なぜか。前述の座談会の時、いしかわじゅんが「倉科遼の作品はプログラムピクチャーだからね」と言ったのが的確な答えだろう。
 プログラムピクチャーとは、4、50年前、映画が娯楽産業の王者であった頃、映画会社の年間製作予定表通り量産されたB級娯楽映画のことである。ハリウッドの恋愛ものや西部劇、東映の時代劇、日活の青春もの、こうした他愛のない内容の厖大なプログラムピクチャーが映画の広い裾野を形成していたのだ。そこには、評論家の評価など考えず、大衆娯楽に徹する製作姿勢がある。それはひとつのプロ魂である。プロ意識を強調するいしかわじゅんが的確に表現したのも当然だろう。
 倉科遼の代表作は、1996年連載開始の『女帝』(和気一作・画)。掲載誌はマンガマニアはまず読まない「週刊漫画」(芳文社)である、しかし「週漫」は、大衆食堂や喫茶店や飯場や独身寮では根強い人気がある。マンガの多数派読者は、高尚な思想や高級な表現を求めているわけではない。わかりやすく肩の凝らない娯楽を求めているだけなのだ。
『女帝』は、貧困の中から身を興し、銀座のクラブのママにまで登りつめる女の物語である。貧しさ故の屈辱、それをはね返す才覚と度胸、そんな彼女を応援する情の熱い人、そんな彼女を妬む人……、徹頭徹尾類型的で、今時これを読む人がいるとは信じ難い。そして、単行本が数百万部売れ、テレビドラマにもなりながら、十年後二十年後には、誰もが忘れてしまうだろう。だが、マンガの出自は大衆文化なのであり、大衆文化の王道を行くのは一見泥臭く野暮ったいこうした娯楽マンガなのである。】

参考リンク;
「逆風満帆〜マンガ原作者・倉科遼(上)」(asahi.com)
「逆風満帆〜マンガ原作者・倉科遼(中)」(asahi.com)
「逆風満帆〜マンガ原作者・倉科遼(下)」(asahi.com)

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【ここまで読んできた読者よ、この原作家が誰だかおわかりだろうか?】  僕は全然わかりませんでした。

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12月06日(水)
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