ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■パソコンユーザーが、「貴族」だった時代
「ASAhIパソコン」2006/3/15号のエッセイ「価格ボム!」(小田嶋隆・文)より。
【アサパソは、パソコンがまだ、海のものとも山のものともわからないインチキくさいおもちゃだった時代に創刊した雑誌だった。
だから、業界は変わり者のスクツで、読者はマニアの集合で、編集部はひとつのデカいタコ部屋だった。
「潜水艦みたいですね」
と、朝日新聞社内の簡易宿泊施設に閉じこめられた(そう、私は、創刊準備号の締め切りを3ヵ月も延ばしていた)時、私は、創刊時のデスクであった今は亡き三浦さん(合掌)に言ったものだ。
「ボクはここで暮らしてるんだよ」
と、三浦さんは楽しそうに答えた。
そう。当時、4人しかいなかった編集部員は、24時間常駐していた。
メーカーの出してくるソフトは、バグだらけで、そのソフトについて私が書いたレビューにも、少なからぬ誤記があった。でも、誰も腹を立てなかった。
ユーザーはソフトのバグ取りを自分でこなし、読者は誤植を見つけると、うれしそうに電話をしてきた。
なぜなんだろう? どうして彼らはあんなに寛大だったのだろう?
おそらく、値段がかかわっている。
当時、マトモに動くパソコンのセットを一通りそろえると、100万円ぐらいにはなった。ソフトウェアも、コピー用紙をホチキスでとじたみたいなマニュアルのついたブツが、5万円で売られていた。
それでも、誰も文句を言わなかった。
どういうことなのかというと、つまり、当時のユーザーは、貴族だったのだ。
パソコンという、カネと時間をやたらと食うわりには、ほとんどモノの役に立たないマシンにかかずりあっていた人間である彼らは、年に一度のウサギ狩りのためだけに10頭の馬と5匹の犬を飼っているどこだかの貴族と同じく、滅び行く人々であったのだ。
1990年代からこっち、パソコンは5年ごとに半額になる調子で値段を下げ、性能の方は、5年で10倍になっていった。
で、われわれはどうなったんだろう?
正直に言おう。オレらは安くなった。チープな存在になった。たった390円の雑誌を高いと感じるほどに、だ。】
〜〜〜〜〜〜〜
まあ、18年前であれば、当時高校生くらいだった僕の基準からいえば、「マトモに動くパソコンのセット」は、とりあえず50万くらいあれば十分だったような記憶がありますし、さすがにその時代は、「コピー用紙をホチキスで止めたようなマニュアル」の数万円のソフトもほとんど無かったような気がします。今から20数年前くらいは、まさしくこういう状況ではなかったかと思いますが。
そういう点は抜きにしても、僕もこうしてパソコン(マイコン)が純粋に「モノ好きの趣味」であった時代からつきあってきたのですけど、確かに、昔のマイコンユーザーは、ある意味「貴族的」であったのかもしれません。買って来たゲームが起動できなくても、プログラムを入力したにもかかわらずエラーメッセージ連発でも、僕たちは、そういう「思い通りにならないコンピューターという機械」そのものに魅力を感じていたのです。むしろ、「これをいつか思い通りに操れるようになりたい!」と、日々研鑽に励んでいました。コンピューターそのものは、今の時代に比べたらはるかに不親切なものでしたし、マニュアルも分厚いばかりで何をやっていいのかわからなかったし、そのわりにはできることというのは、ほんのささやかなことだったのですけど。当時は、丸1日かけて、「画面の端から端まで線を引くプログラムを組んだ!」とか言って、大喜びしていたのですから。
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03月06日(月)
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