ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「レジ打ち」の掟
「県庁の星」(桂望実著・小学館)より。

【三階のエスカレーター横で梅雨対策用の品をワゴンに並べていると、背中越しに野村の接客する声が聞こえてきた。入店して半月余り、どうやらレジを任せてもらえるまでになったらしい。誰かが昼休憩に行っているからだろうか。ポップをテープで留め付けなからそっと野村を窺った。次になにをやったらいいのかわからないのだろう。包装紙を探してみたり、レジに向いたりを繰り返す。右に一歩、左に一歩。前に、後ろに、タン、タン、スタタン。カウンター前で小さなステップを踏み続ける。
 野村が言った。「お客様、このカードは使用不可になっていまして、クレジット会社に連絡することとのメッセージが――」
 泰子は速攻でレジに向かった。
 客が怒りを爆発させる寸前に声を掛けた。「お客様、きっとコンピューターのトラブルです。磁気が弱っていると読み取れないことがあるんです。申し訳ございません。どういたしましょう。クレジット会社に私どもから電話いたしましょうか? すぐにコンピュータートラブルだとわかると思いますけど。問い合わせしている間、少々お待ちいただくことになりますので――お急ぎですよね。現金か、ほかのクレジットカードをお持ちではございませんか?」
 客は頬を膨らませたまま財布からカードを出した。「これならどお?」
「恐れ入ります。野村さん、お包みをお願いします」
「あっ、はい」
 カードを通した。すぐに決済が取れた。「お客様、こちらは大丈夫でした。やはりシステムのトラブルでしょうね。よくあるんです。お客様にご不快な思いをさせるから注意してほしいと言ってるんですけどね。回数は1回でよろしいでしょうか?」
 泰子は最高級の笑顔で客を見送った。血圧が一気に上がっていくのがわかる。このバカ男に付き合っていると病気になる。店になんか立たせるべきじゃないんだ、こんなヤツ。
 客の姿が見えなくなってから、泰子は低い声で言った。「ちょっと、今のなんなの。裏に来て」
 野村が呑気そうな声で答えた。「今ですか? 売り場に誰もいなくなって――」
「いいから裏来なさい。ナベちゃんを店に立たせるから」
 こういう男は小学生からやり直させなきゃだめだ。猛然と裏階段にダッシュした。
 踊り場でタバコを吸っていた渡辺に言った。「県庁さんと話があるから、店お願い」
 渡辺は慌ててタバコを消し、走って売り場に向かった。
 泰子は一つ深呼吸をしてから言った。「今の、なんなの?」
「はい?」
「カードが通らなかったことを、なんで客にそのまま言っちゃうのよ。画面に出てきたことをそのまんま話すなら、人間いらないじゃない」
 眉をしかめた。「よくわからないんですが」
 グーで殴りたい。
「画面にカードの使用不可って出たんでしょ。カード会社に電話って、番号が出たんでしょ」
 素直に頷いた。「そうです」
「そのまま言ってどうすんのよ」唇が震える。「限度額オーバーなのよ。それか支払いが滞ってるかのどっちかなのよ。盗難届けが出ている場合は、そう画面に出るでしょ。使用不可ってなんだと思ったわけ? 支払いがスムーズじゃないからに決まってるでしょ」
「はぁ」
「客に恥かかせてどうすんのよ。うちはクレジット会社じゃないんだから、商品の代金を貰えればいいの。コンピューターやカードの磁気のせいにして、客は全然悪くないってことにしなきゃ、二度とうちで買い物しなくなるでしょうが」
「そうでしたか、習ってなかったもんで」
 十、九……やめた。こうなったら役人すべてを敵に回してやる。「私だって習ったことなんかないわよ。店にいる人、誰も習ってないわよ。これを言ったら客はどう感じるかって、わかんない? 商売は習うもんじゃなくて、客の気持ちを察することなの。県庁さんには資質がない。人を喜ばせたいとか、楽しませたいと思ったことないでしょ。県庁さんが新入社員だったら即クビ」】

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02月17日(金)
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