ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「カットフルーツ」の誘惑
「昼メシの丸かじり」(東海林さだお著・文春文庫)より。

(東海林さんが、はじめてスーパーで「カット西瓜(最初から一口サイズに切ってあって、プラスチックのケースに入っているスイカ)」を買ってみたときの話)

【つい最近まで、”西瓜をヨージで食べる”なんてことは誰も考えつかなかったはずだ。
 サザエさんや波平さんが、西瓜をヨージで刺して食べていたか。
 それならなぜぼくはスーパーでカット西瓜を買って帰ったのか。
 なんていうか、一言では言えないが、
「ほんとにもう、しょうがないやつだ。連れて帰って説教の一つもしてやろう」
 ま、そんな気持ちだった。
「西瓜をヨージで刺して食べるのって、どんな感じになるのかな」
 という好奇心もあった。
 買って帰ってプラスチックのフタを開け、ヨージを持ってきて一片を突き刺して口に入れてみる。
 オッ、冷たい。オッ、甘い。オッ、ちょうどいい大きさ。
 これ以上小さかったら口の中が寂しいし、これ以上大きかったら口に入らないという大きさ。
「シャクシャク。意外にこう、快適じゃないの。シャクシャク。買ってきてから、ヤレ包丁だ、マナイタだ、だのが一切なくて、いきなり口に入れられるところがいいな。シャクシャク。種子もほとんどないし、生ゴミも出ないし。シャクシャク。ゴックン。どれ、もう一個といくか」
 いつのまにかヨージを持つ手の小指が立っている。
「シャクシャク。一切れの氏素性って、ぜんぜん気にならないな。シャクシャク。十五個の中に別の西瓜がまぎれこんでいても、かえって違った味でいいかしんないな。シャクシャク。これから丸ごと一個買ってきたときでも、カット切りにしてから食べたいな。シャクシャク」】

〜〜〜〜〜〜〜

 あの「カットフルーツ」というものに対して「やっぱりなんだか不自然だよなあ」というイメージを持つ人は、けっして少なくないと思います。そもそも、見た目もあんまり美味しそうな感じはしないし、表面はちょっと干からびていそうだし。でも、「あんなの邪道だ!」「手抜きにもほどがある」なんて思いつつも、あれだけスーパーに並んでいるというからには、買っていく人も少なからず存在しているのでしょう。
 だいたい、僕もこんなふうに「邪道」呼ばわりしていますけど、もしスーパーに頻回に買い物に行くような生活をしていたら、果物が食べたいときに、あのトゲトゲがついた立派なパイナップルや、大きな西瓜を抱えてレジに並ぶよりも、「カットフルーツ」を選びそうな気がしますし。
 「果物なんて、洗って包丁で切るだけなのに、なんでそんなに不精なの?」という声が聞こえてきそうですけど、台所に立つことに慣れていない人間にとっては、その「包丁で切るだけ」というのは、けっこうめんどうで、大きなハードルだったりするのです。
 これを書かれている東海林さんは、自分で包丁を握られることも多い「作るのも食べるのも好きな人」なのですが、それでも、【意外にこう、快適じゃないの】なんて仰っておられますし、省ける手間なら、省きたいのが人情というものです。この「カットしてある状態」に慣れてしまったら、抵抗感なんてアッサリ消えてしまうのかもしれません。
 もちろん、それによって、その果物の味が落ちる可能性はあるとしても、その一方で、意外な「一口サイズであることによる新鮮な食感」というのもあるみたいですし。

 もう15年くらい前になるでしょうか、「カルピスウォーター」が発売されたとき、僕は、「カルピスなんて、水で薄めるだけなのに、あんなの売れるわけない」と思ったものです。周囲の人たちも、大方は同じ見解だったと記憶しています。
 しかしながら、「美味しい水」を使ったり、濃度を吟味したりした効果はあったのでしょうが、「カルピスウォーター」は、大ヒットとなり、定番商品として、今でもコンビニにたくさん並んでいます。「カルピスウォーター」以後にも、さまざまな新しい清涼飲料水が発売ましたが、実際のところ、今でもコンビニのドリンクコーナーに「定番」として生き残れたものは、ほとんどありません。

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07月01日(金)
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