ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■友達を必要なのは、大人になった今なのに。
『対岸の彼女』(角田光代著・文藝春秋)の本のオビに著者である角田さんが書かれていた文章。

【おとなになったら、友達をつくるのはとたんにむずかしくなる。働いている女が、子どもを育てている女となかよくなったり、家事に追われている女が、未だ恋愛をしている女の悩みを聞いたりするのはむずかしい。高校生のころはかんたんだった。いっしょに学校を出て、甘いものを食べて、いつかわからない将来の話をしているだけで満たされた。けれど私は思うのだ。あのころのような、全身で信じられる女友達を必要なのは、大人になった今なのに、と。】

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 先日、仕事帰りに聴いていたラジオの番組で、こんな女性リスナーからの手紙が紹介されていました。
【短大時代に親友と同じ男性を好きになってしまい、結局、その関係に耐えられず、すべてをリセットしたくなって、誰にも言わずに遠くの街に就職を決め、短大の知り合いの誰にも(親友や好きだった男性も含めて)引越し先や連絡先を教えずに、ひとりになることを選びました。あれから年月が経って、風の噂で、彼は親友とは違う女性と結婚したと聞きましたが、なぜだか今の私には、彼と別れたことよりも、親友と別れてしまったことのほうが残念に思えてならないのです。大人になってみると、親友をつくるっていうのは、本当に難しいことだということがわかってきたような気がするから…】

 僕はそういう形で友人と彼女を取り合ったりしたことはないのですが、「大人にとっての、友達をつくることの難しさ」というのは、すごく切実に伝わってくるものがありました。
 僕が社会人になったのは24歳のときだったのですが、それ以来、医局の都合であったり、自分で勉強することを希望したりであったりで、同じ場所にいたのは2年から長くて3年くらい。短い期間でいろいろなところを転々としてきました。もちろん、こういうのは僕だけが特殊なわけではなくて、若い医者というのはだいたいこんなものなんですけど。
 でも、もともと他人に慣れない性格からなのか、どこでも「友人」というのはなかなかできないものだったなあ、とあらためて思います。もちろん仕事関係でつきあいがあって、一緒に飲みに行く人はいたし、休日に遊びに行ったりするようなこともありました。ただ、それはやっぱり「付き合い」の範疇を逸脱することはなかったような気がします。僕の場合は、残念ながら派手な女性関係なんてのは無かったのですが、実際に大人になってみると「異性とつきあう」よりも「同性の友達をつくる」ことのほうが、かえって難しいような感じもするのです。もちろん、僕のようなインドア系の男と違って、集団スポーツをやったり、趣味のキャンプにみんなで行ったりするようなアウトドア系の男には、そういう「友達ができない」なんて淋しさは、無縁なものなのかもしれませんが。

 僕が「女性はうらやましい」と思うことのひとつに、「女性は大人になってからでも、友達ができる」ということがありました。彼女たちは仕事帰りに颯爽と女2人で食事や映画に行ったり、休日は旅行に出たりできていいなあ、と。今の世の中というのは、「女二人」であれば、大概の場所では「異質なもの」として扱われないけど「男二人」でやることと言えば、「酒を飲むこと」くらいしかないのです。「男二人だけで映画」とか「男二人だけで旅行」なんてのは、むしろ、余計な想像力をかきたててしまうものでしかないような気もします。


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01月30日(日)
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