ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■困ったときの、”チキン”頼み!
「ばらっちからカモメール」(鴨志田穣=文・西原理恵子=絵・ゲッツ板谷=あほうりずむ、スターツ出版)より。
(鴨志田さん、西原さん夫妻(今は離婚されてしまいました)が、お互いの実家の人たちと一緒に、バリ島へ家族旅行したときの食事の際のエピソードです。)
【子供二人にはスパゲッティと焼メシ。
幼児二人には大人の残りを与える、という事になった。
周囲を見渡すと、きれいに正装した二人組ばかりが、しっぽりと瞳を見つめあい、静かに食事をしている。
かさねがさね、申し訳なく思ってしまう。
「おかあさん、こういう所はチキンとかが無難なのよ!」
ウチのおふくろがわけのわからない事を大声で言っているのが聞こえた。
おふくろは五〜六回海外旅行に行った事がある。
サイバラのおかあさんはハワイに一度だけだそうだ。
おふくろは、当然全て格安ツアーの旅しか知らない。
ガイドに宛がわれた食事を日に三度、何も考えずに食べることしかしていないはずだ。
「こうゆう所」とは何を意味しているのだろうか……
「チキンが無難」とは、何をもって無難なのだろう。
わからない。
つい意地悪な気持ちになってくる。
「おばあさん、何にしゆうが?」
サイバラ兄にもそのやり取りが聞こえたのか、段取りを仕切り始めた。
案の定サイバラ母は、
「チキン」
と答えた。
一瞬サイバラ兄は、”グフフ”と低く笑った。
「チキンて、何をゆうが?なんちゃわかりやせん」
と、土佐弁でまくしたてた。
サイバラも怒りモードに入った。
「……チキンでええわ……」
サイバラ母が皆に攻撃されてあわてたのがうちのおふくろであった。
「あのう。私も同じ物を……チキンを……」
うちのテーブルからは、”チキン、チキン”とこの一言しか出てこない。
欧米カップルは不思議そうに見つめる。
”弱虫、弱虫”と言い合っているのだから、そりゃ不思議な団体だろう。
「みんなでわけて食べようって決めたじゃないか、別なもんにしなよ!」
今度は僕がおふくろにきつく言う。
「そ、そうねえ」
改めてメニューを見るおふくろ。
判りっこないんだから、聞いてくれればいいものを……。
たかが六回のツアー旅行で培った知ったかぶりと見栄のために失敗が失敗を呼んだ。
「じ、じゃあこの、ビーフを……」
サイバラ兄が、また低くグフフと笑うのが聞こえた。
チキンとビーフ。
「それしか読めんのだろ」
身内の恥がいたかった。】
〜〜〜〜〜〜〜
ああ、なんだかものすごく身につまされる話です。確かに、海外旅行の経験があるとは言っても、どんなものが美味しいかとか、そこに書いてあるのがどんな内容の料理なのか、なんていうのは、「わからなくて当たり前」のことのような気がします。料理の名前なんて、日本語で書いてあってもどんな料理なのか皆目見当がつかないこともよくあるのですし。
でも、自分より海外旅行経験が浅い(と考えられる)人の前では、ついついミエを張って、とんでもない目にあってしまったりするのですよね。
ちなみに、この後「チキンとビーフ」で運ばれてきた料理は、「鳥丸ごと一羽」と「激烈に辛い真っ赤なビーフカレー」で、まさに「トンデモナイ食事」になってしまったのですが。
ところで、僕がこの文章を読んで最初に思ったのは、この「困ったときにはチキンが無難伝説」というのは、いったい誰が言い始めたことなのだろう?ということでした。僕の海外旅行経験は全然たいしたことないのですが、この「海外で知らないレストランに入ったときには、”チキン”を頼むのがいちばん安全」という話は、けっこういろんな人から聞いたような気がするのです。確かに、鶏肉というのは、牛肉・豚肉と並んで日本人にはメジャーな食肉だし、牛肉や豚肉と比べれば、「宗教上の理由で食べられない国」というのが比較的少ないので(もともと肉食自体が認められていないところもあるのですが)、慣れない食材を敬遠しがちな人間(僕も含めて)には、無難な食材ではあるのでしょうけど。
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01月26日(水)
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