ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「みんなのため」と「一人一人のため」の闘争
「となり町戦争」(三崎亜紀著・集英社)より。
【香西さんは、僕の思いを慮るかのように、小さくうなずきながら聞いていたが、僕が話し終わると視線を逸らして窓のほうを見た。じっと「闘争心育成樹」を見つめていた。やがて、音楽が止み、香西さんは口を開いた。
「昔、ある都市で、料金の滞納のために水道やガスを止められて、結果的に部屋の中で餓死して発見された人がいたってニュースがありました。覚えていますか?」
「ああ、そういえば、なんとなく覚えてるな」
おぼろげな記憶をたどる。確か、働き手であるご主人が亡くなって収入がなくなり、奥さんと子どもは、生活保護を受けるすべも知らぬままに、しばらくは水だけで生きながらえていたらしいが、水道やガスを止められてしまったので、結果的に餓死した状況で発見された、というものだった。
「あの当時は、マスコミでもだいぶ取り上げられ、水道やガスを管理する、その都市の公営企業が批判を受けました。止める前に、なぜ一度家の中をのぞいてみなかったんだって。そうしたら助かったのにって。そうですね。確かに、一市民の生命、という側から見れば、そんな生活をしているのに追い討ちをかけるように水道やガスを止める血も涙もない対応だ、って言うことができますね。ですが、私たち役場の人間にとっては毎回何百、何千という数の滞納者がいるうちの一人でしかないんですよ。あの家は今奥さんが病気で入院されているから、とか、あの家は先月ご主人がリストラされて生活が苦しいから、とか個別の事情を把握することはできないし、そんなことを考慮して対応することができると思いますか?」
「だけど……。だけど行政の仕事っていうのは、住民のために、住民一人一人のためにあるものではないのかな?」
「もちろんおっしゃるとおりです。私たちは住民のために仕事をしています。ですが、そこで言う「住民のため」とは、すべての住民に公平で同質のサービスを提供する、ということです。一人の住民にあやふやな基準で便宜をはかれば、それによって私たちが料金を徴収したり、住民に義務を負わせたりする行為は、なし崩しに壊れていってしまいます。たとえどんなに杓子定規といわれようが、きちんとした減免や猶予の規定がない限り、私たちは住民に対して公平に、均等に接していかなければならないのです」
香西さんは小さく息をついだ。静かではあったが、言葉を差し挟ませない意志を伴っていた。】
〜〜〜〜〜〜〜
ちなみに、これはあくまでも小説内の描写であり、香西さんは実在の行政従事者ではなく、作者が創造した人物です。
「戦争」という「公共事業」に巻き込まれてしまった「僕」は、「総務課となり町戦争係」の職員である「香西さん」という女性と行動を共にすることになるのですが、ここに引用したのは、無機質に「戦争という公共事業」を遂行しようとしている香西さんに対する、主人公の「そういうふうに、個々の戦死者のことを思いやることもなく『戦争』を行うことに疑問を感じないのか?」という問いへの回答です。
このニュースそのものだったかは定かではないのですが、このような「お役所仕事による犠牲者」の話を僕の大学時代の法学の講師が好んでされていたのを思い出しました。そして、僕自身も、こういう「融通の利かない行政の対応」に対して憤っていたということも。
しかし、この香西さんの言葉が、「お役所仕事をやらざるをえない側」の事情を代弁しているのも間違いないでしょう。「餓死」という結果に対して人々は憤ったものの、もしこの一家がアッサリ「特例として」多額の援助をしてもらったり、公共料金がタダにしてもらえたら、それに対する非難の声というのも、けっして少なくないと思います。「どうしてあの家だけ特別なんだ!」「うちだって困っているんだから、うちもタダにしろ!」という人が続出するのは十分に予想されることですし。
そして、そういう「大声が出せる人」が「放っておくとうるさいから」というような理由で、むしろ優遇されていたりもするのです。
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01月19日(水)
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