ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■メジャーリーグの観客に学ぶべきこと
「いつもひとりで」(阿川佐和子著・文春文庫)より。

(阿川さんが、アメリカ・アトランタのフルトンスタジアムにベースボール観戦に行ったときのこと)

【ふと気がつくと、その少年たちが一様にグローブを持っている。最初は、自分のグローブにサインをしてもらうために持ってきたのだろうと思った。が、違うのだ。サインを求めない子供も、いや、大の大人までもがグローブを持って座っている。
 その理由は試合が始まってすぐにわかった。彼らは客席に流れてくるファウルボールやホームランボールをキャッチするために、グローブを持参してきていたのだ。むしろ、それが目的ではないかと思われるほど、ボールキャッチに燃えている。客席にボールが飛んでくると、そのボールの落下方向に向かって大きな人間ウエーブが起こる。日本ではボールから逃げようというウエーブが起こるのと正反対だ。
 そして観客の誰かが見事にボールを取ると、試合とは関係なく、その周辺で大拍手が起こる。取ったボールは返却不要。みんなお持ち帰りである。だから必死なのだろうが、その楽しそうな様子は、端で見学しているだけでウキウキしてくる。
 そんなわけだから観客にとって、当然、ネットは邪魔である。危険は自らが察知する。そのためにも試合展開を熱心に観戦する。常にボールがどこへ飛んでいるかを知ることは、試合をよりおもしろく見るためであり、また自分もその試合に参加するためであり、さらに、安全のためでもあるのだ。
 ときおりそよ風に乗って聞こえてくるピーナッツ売りやビール売り、綿菓子売りのかけ声が絶妙なハーモニーを作って耳に心地よい。楽しい緊張感と、のどかなムードのなかで、選手とお客の距離は近く、自由に観戦できる野球の試合は、さながら草野球のようである。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕は日本の野球に慣れ親しんでいることもあって、「無条件にメジャー万歳!」という心境にはなれませんし、「1点に、勝負にこだわる細かい日本野球」にだって、素晴らしい点はたくさんあるとは思っているのです。やっぱり、知っている選手が多いほうが、観ていて楽しい、というのはありますしね。
 でも、こうしてメジャーリーグの球場の風景を思い浮かべてみると、やはり長い「ベースボールの歴史」を有する国には、かなわないところもあるよなあ、と考えてしまうのです。
 日本の球場にもグローブを持ってきている子供たちはいるのですが、確かに少数派。交通事情もあって荷物になるグローブを持ってくるのは難しいだろうし。
 そもそも、冷静に考えれば、「野球観戦にグローブを持ってきて、ホームランボールやファウルボールをキャッチできる可能性」というのは、どのくらいのものなのでしょうか?スタンドに入るボール(ホームランボール、ファウルボールを含む)が一試合に100球だとしたら、5万人が入る球場ならば、キャッチできる可能性は、500人にひとり、ということになりますね。おそらく、実際はそんなに多くは飛んでこないだろうと思うのですが。
 このくらいの「キャッチできる確率」のためにグローブを持ってくるというのは、僕の感覚では「ムダなんじゃないかな?」という気もするんですよね。人気チームの試合なら、「500試合観に行って1回あるかどうか、という確率なのですから。
 それにしても、アメリカ人のイベントに対する楽しみかたは、本当に「参加型」なのだなあ、と思います。以前、ラスベガスのショーを観に行ったときのことです。そこではショーが始まる前に、場内の大きなスクリーンに客席の様子が映されるのですが、その画面に映っている人たちは、何か面白いポーズをとってみたり、ちょっとしたモノマネをやってみたりと、「観客なのに、カメラを向けられる」という状況に、全然違和感を持っていませんでした。
 僕などは、内心、「なんで客なのに、そんなパフォーマンスを他の人の前でやらなければならないんだ…」と、自分の順番になる前に、なんとかショーが始まってくれることを心から祈っていたんですけど。
 もちろん、すべてのアメリカ人がパフォーマーではないにしても、そういう「ステージと客席の境界」みたいな意識が、日本とは根本的に違うのだなあ、というのを感じたのです。
 

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09月18日(土)
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