ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■本当の「被害者」は誰だ?
時事通信の記事より。
【4月にイラクで武装グループに拘束された元人質のフリージャーナリスト郡山総一郎さん(32)が12日、名古屋市で講演し、「やり方は褒められたものではないが、あそこまでイラクの人を追い込んだのは何か。僕らではなく、彼らが被害者だと思う」などと話した。
自衛隊派遣後のイラク情勢について、郡山さんは「親日だった分、反動が激しかった。私たちを拘束したのが穏健派だから良かったが、自衛隊派遣で対日感情が変わったことを身をもって知った」と指摘。帰国前後に人質の自己責任を問うバッシングが起きたことには「見て聞いたことを伝えるのが私の自己責任」と反論した上、「若い人がイラクへの関心を持ったのは良かった」と話した。】
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確かに、彼ら(武装グループの人たち)「も」被害者である、と僕は思います。彼らの置かれている現状というのを考えると、そりゃ、座して死を待つより、一矢でも報いてやる、と考えてもおかしくないだろうし。「どうしてテロなんて酷いことをするんだろう?」なんて、とりあえず平和な日本国民である僕などは思わずにはいられないのですが、それはあくまでも今の自分がテロなんて割に合わないことはやらない、と考えているだけのことで、実際にあんなふうに言いがかり的にアメリカ軍に空爆とかされたら、「黙ってはいられない」人がいるのは、全然不思議ではありませんし。
現在の日本人というのは、、「絶対主義」という世界観からは比較的解放されていて、物事を多角的に見るという習慣がありますから、イラクの人たちに対してそんなに敵愾心を抱いてもいないと思うのです。イラクの人たちも災難だなあ…と思っている人も多いのでは。
歴史的には、日本人は「有色人種」として西欧に差別を受けてきた時代のほうがはるかに長いはずですし、アメリカ人の中にだって、そういう差別感情が完全に無くなってしまったわけではないでしょう。
それでも、「人質になった人たち」の言動に対し、多くの日本人が「自己責任だろ!」と罵倒したり、反論したくなるのは、なぜなんでしょうか?
たぶん、ひとつは「信じるものが無い人間」が「あるものに対して狂信的である人間を目にしたときの恐怖感」みたいなものでしょう。自分を拘束した相手を「向こうが被害者だ」なんて、やっぱり常識的ではないだろうし、この人たちは、仮に東京タワーに飛行機が突っ込んできたとしても、「彼らは被害者だから仕方がない」とか言うのではないだろうか?なんて気もしてくるのです。
「戦争反対!」「自分たちは弱者!」という「絶対正義」に基づいた主張というのは、実は、彼らが嫌いぬいている「アメリカの正義」と本質的に同じものではないのか、とすら感じます。僕からすれば、いくら被害者でも、外国人を「拘束」するのはやりすぎだし、それが彼らの側からすると「やむをえない事情」に基づいていたとしても、僕たちはそこまで「ものわかりのいい日本人」でいてあげる必要はないでしょう。彼らが彼らを守らなければならないのと同じように、僕たちだって自分や身の回りの人々を守らなければならないのだから。
それに、アメリカだって実際問題としては、「追い込まれている」のです。もちろんその「程度」は、空爆を受けた地域に住む人々の比ではないかもしれないけれど、平和な街にいきなり民間機が突っ込んできたりすれば、それはもう、「今度は自分の番かも…」なんて不安になるのは当然だし、少しでも将来の禍根になりそうなものは言いがかりをつけてでも潰してしまえ、という「極論」に傾いてしまうのは、やむをえない面もあるのです。「だって、何かが起こってからでは遅いし、次の被害者は自分や家族かもしれないんだぞ」と言われたら、「そんなの杞憂だよ」と断言する自信がありますか?
テロをやっているのが一部の狂信者たちだとしても、疑心というのは、どんどん広がっていくものです。狂牛病や鳥ヘルペスに対する世間の反応をみると、そういうのは万国共通のものではないでしょうか。
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06月13日(日)
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