ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「人質となった日本人」と「命の重さ」
時事通信の記事より。

【イラクで日本人3人が武装グループの人質となったことに対し、イラク戦争に反対する活動を続けてきた市民団体やジャーナリストからは9日、自衛隊の即時撤退を求める声が次々と上がった。日本国内で大規模な反戦集会やデモを展開してきた「ワールド・ピース・ナウ」実行委員会は、「わたしたちが十分に起こり得ると指摘し、最も恐れていたことが起こった」と指摘。小泉首相に対し「イラク攻撃支持と自衛隊派兵がイラクの人々と日本人の双方を傷つけると知りながらブッシュ政権に追随した責任を取り、直ちに自衛隊を撤退させて」と訴えた。】

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 今回の「イラク人質事件」のニュースを聞いて僕が最初に思ったのは「ああ、これで日本は引くに引けなくなったな」ということでした。
 「自衛隊の撤退」が「テロリストの要求に屈する」ということとイコールになれば、かえって「撤退させる」なんてことはやりにくいでしょうから。
 暴力団と一緒で、一度弱腰になってしまうと、どんどんつけこまれてしまうおそれもありますし。
 「ちょっと脅かせば、何でもいうことを聞く」と相手に思われるのは、かえって危険極まりないことです。

 しかし、その一方で、僕が今回少し驚いているのは「今回の事件に対して、日本人はみんな冷静に受けとめている」ということでした。
 「彼らは退避勧告が出されているイラクに自分から行ったのだから」
 「国にとっては迷惑千万」
 「頭がお花畑のプロ市民」
 なんて言葉が(さすがに、大きなメディアで流されることはないとしても)けっこう聞こえてくるのです。
 僕も、人質にされた人々を「一方的な被害者」とは考え難い気持ちがあります。
 「入るとキケン」とさんざん注意されている地雷原に自分から踏み込んでいって、地雷を踏んだからといって「助けてくれ!」とか言うのは筋違いではないか?って。

 でも、そんなふうに判断してしまう自分を少し怖いとも思うのです。

 こちらの日記にもありますが、今回の事件で、僕も「よど号事件」のことを思い出しました。もちろんリアルタイムでの記憶はないのですが、どこかで耳にした「人の命は地球よりも重い」という言葉に感動したことを覚えています。
 たぶんあの頃は、日本人にとって、そういう時代だったのでしょう。

 多くの「無知な日本人」たちは、戦争は悪いことだと刷り込まれ、自分たちの先祖の悪口を教えられ、東を向いても西へ向いても腰を屈めて生きていました。
 そのことに対する「反省」の機運というのが、少しずつ高まってきているような気がするのです。
 現在では、こうやって「自衛隊撤退!」と叫ぶ彼らのことを「平和ボケしてしまった愚かな人々」だと感じる人は、けっこう多いと思うし。

 ただ、僕は最近ちょっと思うんですよね。
 「人の命は地球より重い」という言葉を素直に受け入れられなくなった日本人というのは、果たして幸せなのだろうか?って。もちろん、「よど号事件」で人質になったのは普通に日常の中の「ただその飛行機に同乗していた一般市民」であり、イラクで「キケンを承知の上で」活動していた人たちとは違いますし、同時多発テロでも明らかになったように、人間にとっては「戦場での死」より「日常での死」のほうが、よりリアルな恐怖を喚起するのかもしれません。
 それでも、「人の命」には違いないわけですし、僕も含めて「死んでも仕方ないんじゃない?」とか思えるようになった日本人というのは、ある意味すごく危険なところにいるのではないでしょうか。
 久米宏さんが、「ニュースステーション」の最終回で「日本のテレビというメディアは、少なくとも国民を『戦争』という方向へミスリードしてこなかった」と発言されているのを僕は興味深く聞きました。
 考えてみると日本のメディアというのは、戦後、確信犯的に「反戦」という「偏った方向へ国民をリードしてきた」とも考えられるのです。「公正な報道」ではなくて。たぶん久米さんには、そういう気持ちがあったのではないかなあ。


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04月09日(金)
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