ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「ニュースステーション」の時代
スポーツニッポンの記事より。
【テレビ朝日の看板報道番組「ニュースステーション」が、26日夜の放送で幕を閉じる。85年10月の開始から18年半。26日の放送終盤では、番組を支えた久米宏キャスター(59)がお茶の間に何らかのコメントを発表するとみられる。
今週の「Nステ」は、これまでの名場面など交えて18年間を振り返る総決算モード。最終回では「セレモニー的な演出は考えていないが、本人から何らかのコメントをしていただけると思う」(早河洋・編成制作局長)。久米氏のラストメッセージに注目が集まる。
日航ジャンボ機墜落事故があった85年、NHKの独壇場だった大型報道番組のジャンルに挑戦した「Nステ」。午後10時台を週5日間ぶち抜く大胆編成、外部制作会社を重用した制作手法、久米氏を司会者に見立てた構成などで、新しい報道番組の形を示した。
当初苦戦した視聴率も、翌86年のフィリピン政変、ベルリンの壁崩壊などで急伸。「中学生にも分かりやすく」という久米氏の“物言う”キャスターぶりも注目され、TBS「ニュース22プライムタイム」「筑紫哲也ニュース23」など、伝え手が主張するライバル番組が生まれた。
一方、00年10月には久米氏が「長い間ありがとうございました」と言い残し一時降板する騒動も。政治、選挙報道をめぐる自民党周辺とのあつれきもしばしば表面化。瞬発的な発言が物議をかもすこともあった。
テレビ朝日の広瀬道貞社長は「時間をかけ、今までにない形のニュース番組を提供できた。久米さんの話し方には天才的なものがあった」とコメント。「Nステ」の足跡を財産に、午後10時台は古舘伊知郎(49)らの「報道ステーション」に一新する。】
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最近はすっかり、「お騒がせ番組」みたいになってしまっていた「ニュースステーション」ですが、僕は、この番組がはじまった頃のことを今でも覚えています。
テレビ朝日が、月曜日から金曜日まで午後10時代をすべて使って新しいニュース番組を始める、というのは、当時はすごく話題になったものでした。
メインキャスターに久米宏というのも、斬新な起用というイメージがありましたし。
18年番組を続けてきた今となっては、視聴者どころか本人までもマンネリになってしまった観のあるキャスター・久米宏ですが、「ニュースステーション」開始前は、「ザ・ベストテン」とか「ぴったしカンカン」などでの軽妙な喋りで知られた、エンターテインメント系のアナウンサーだったわけですから。
「ニュースステーション」の少し前に、故横山やすしさんと「TVスクランブル」というニュースへのツッコミ番組に出られてはいたのですが、僕たちの中では、まだまだ「久米宏がニュースキャスター?」という感じだったのです。
だいたい、それまでのニュースキャスターといえば、なるべく正確にニュースを伝えるためだけの「真面目な語り部」でしたから、女性問題で謹慎したことさえある久米さんの起用というのは、本当に驚くべきことで。「この番組、どのくらいもつんだろう?」なんて、囁かれていましたっけ。確か、開始直後はなかなか視聴率が上がらず、苦しい時代もあったような記憶もあります。「ニュースステーション」は、放送開始の時点では「権力」ではなく、むしろ「挑戦者」だったのです。
「ニュースステーション」は、当初の不調にも負けず、終わりませんでした。それどころか、久米さんの「自分が思ったことを即座に口にする」という新しいキャスター像が次第に支持されていって「他のニュースはつまらないけど、ニュースステーションは面白い」という人が沢山出てきました。僕は広島ファンだったので、久米さんが番組内でカープを応援してくれたときには、ものすごく嬉しかった記憶がありますし。マイナー球団のファンにとっては、そういうのって忘れられないんだよなあ。
それに、「スペシャル」も、少なくとも最初のころは映像が美しくて、「観てよかったなあ」と思うものが多かったし。ちょうどベルリンの壁崩壊、などで、「ニュースな時代」でもあったのです。
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03月26日(金)
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