ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■宅間守の「早すぎる死刑執行」に思う。
「自由を奪われる」とか「死」というのは、多くの人間にとって最大公約数的に「苦痛なこと」なはずですが、宅間死刑囚のように、「自分の死を望み、しかも他人に苦痛を与えることを望む人間」には、「刑罰」にならないのでは、とも思うのです。
彼にとっての「苦痛」とは何だろう?と考えると、それこそ拷問のような肉体的・物理的苦痛しかないのかもしれません。
でも、そうするわけにもいかないのが近代社会の建前だし、僕の考えられる範囲では、「死刑」以上の「贖罪に少しでも近い方法」というのは、思いつかないのです。
確かに、宅間が「反省」していれば、「ナチュラル・ボーン・キラー」なんて存在しないさ、と安心できるところはあるかもしれないけれど、そのために、彼に「生きる時間」を与えて「人格改造」をやることの意義というのは、いったいどこにあるのでしょうか。
僕は怖い。
彼のように「罪の意識が欠落して(あるいは、ある種の狂信的な状態になっていて)、自分はどうなってしまってもいい」という人間にとっては、現代社会はあまりに無防備だから。
「自分も死ぬつもり」というテロリストが満員電車で自爆テロをやったり、刃物を持って路上で切りかかってきたりしたら、誰だって次の被害者になる可能性はあるのです。
でも、そういうことに神経質になりすぎていたら社会生活は送れない。
結局、「救いようのないことが、世の中にはあるのかもしれない」という虚しい気持ちだけが取り残されて、僕の周りを漂っています。
せめて、宅間が死刑になったことによって、少しでも遺族の方々や被害にあった子どもたちの心の傷が癒されるきっかけになってくれればいいのだけれど…
今の僕にはただ、そう「願う」ことしかできなくて。
09月15日(水)
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