ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「子ども」と「子供」の問題
小田嶋さんは、「そもそも『子ども手当』の表記自体が『子ども』を採用していて、福祉行政や教育の現場では、いまなお『子ども』という書き方がスタンダードになっているのではないか」と推測されています。
実は僕も、この「こども」をどう表記するかに関しては、アドバイスをいただいたことが何度かあります。
「こども」が「大人に付き従うもの」とか「供え物」という意識は全くないのですが、「そう感じる人がいる」と言われてしまうと、「それは考え過ぎなんじゃないかな……」と思いつつも、やっぱり気にはなります。
いまのところ、僕のなかでは統一されていなくて、けっこう場当たり的に使っている、というのが実情です。
個人的には、「子ども」と「子ども」よりも、「コドモ」とカタカナにしてしまうほうがはるかにいろんな(子どもを特別視するとか、ちょっとバカにしたような)ニュアンスを含んだ表現だとは思うのですが、これはまあ、あまり公の場所では使われません。
しかしながら、思い返してみると、「子ども手当」が、「子供手当」と書かれているのを見たことがないので、行政的には「子ども」を使うべき(あるいは、使ったほうが無難)だと考えているのかもしれませんね。
「子供」か「子ども」かで、書いている人のスタンスを色分けしようというほうが、乱暴なのではないかと僕は思いますが、その一方で、この有名な童話作家の先生の「子ども」批判にも、内容的には頷けるのだけれども、「そこまでこだわる必要があるのかなあ」と感じてしまうんですよね。
もし僕が職業的物書きだったら、自分の意志を貫き通せるような大御所でないかぎり、「はいはい、まあ、面倒なことは避けたいですものねえ」って、あっさり「子ども」に変えてしまいそう。
逆に言えば、そこまで「子供」と漢字で書くことにこだわりもない、というのが本音です。
たぶん、世の中もそういう人が多いから、誰か声が大きくてめんどくさそうな人が言った「『子供』だと親の付録、生け贄!」みたいな、想像力が豊かすぎる話が『子供』と書きにくい理由になってしまったのでしょう。
それなら、「美しい」の「美」なんて、生け贄になる羊が元になってできた漢字なんですよ!とか、言ってみたくもなるし、そんなことにこだわる前に、「こども」のためにできることがあるんじゃない?という気もするんですけどね。
「子ども」か「子供」か?
実にめんどくさくて、どうでもいい問題ではあるのですが、「差別表現」というのは、こういうふうに生まれてきて、いつのまにか「禁忌」になってしまうのだな、というのがよくわかる話ではあります。
とはいえ、「表現の自由のために、『子ども』じゃなくて、『子供』と書くぞ!」なんて主張するほどの「根拠」も「やる気」もないんだよなあ。だからこそ、こういうのは連綿と受け継がれてしまうのでしょう。
少なくとも、「こども」にとっては、「そんなのより、小遣いアップしてくれないかなあ」って感じだろうとは思うけどね。
07月11日(水)
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