ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■20年前と今の『はじめてのおつかい』の変化
僕も子どもの頃は、「川口浩探検隊は、あんなに『世紀の大発見』ばかりしているのに、なんで新聞に載らないのだろう?」って疑問に思っていましたし。
この『はじめてのおつかい』の話、僕自身はこの番組をあまり観ないので、「そんな変化が起こっているのか……」と思いながら読みました。
『はじめてのおつかい』という企画そのものが、「大人の都合」というか、「テレビで放送されているかぎりは、何らかの演出や大人の保護下で行われているバラエティ」だと思うので、あまり興味がわかないんですよ。
いまは自分の息子と比べてみる、ということができるので、以前よりは面白く観ることができそうな気もしますけど。
ここで堀井さんが書かれているように、「テレビで放映されている以上、出てくる子どもが途中で車に轢かれたり、転んで大けがをしたり、道に迷って行方不明になるなんて結末はありえない」はずです。
もしそんなことが起こって、そのまま放映したら、それこそ「えらいこと」になってしまう。
こういう話を読んでいると、テレビ局をはじめとするメディアの側も、いろいろと気を遣って大変なのだな、と思わずにはいられません。
「子供のことを心配してしまう私の心労をどうにかしろ」と言われても、「それなら観なきゃいいのに」と言いたいのをグッとおさえて、わざと「スタッフを映し込む」。
クレームに対して、「言い訳」ができるように。
大部分の視聴者からみれば、「安心する」というよりは、「邪魔なものが映っている」ようにしか見えなくても。
最近(には限らないのでしょうが)のメディアに対するクレームには、こういう「私を心配させるな」というのを「子どもにもしものことがあったらどうするんだ」「被害者が見たら不快に思うかもしれないだろう」という「他人への心配」にすり替えて、「一般化」したものが多いようです。
太宰治的にいえば、「(それは世間が、ゆるさない) (世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)」
こうして、「安全であることを、目に見える形で証明しなければならない」「誰にも『不快感』を与えてはならない」というプレッシャーをかけられる一方で、「最近のテレビは同じような番組ばかり」「安易な企画が並んでいる」と批判されるのですから、テレビ局も大変でしょうね。
09月13日(火)
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