ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「へんじがない ただのしかばねのようだ」に詰め込まれた「珠玉のメッセージ」
 実はこれも同じだ。つまり「あなたは目の前の白骨死体と思しきものを確かにチェックしましたが、”今回は”有用な情報も目ぼしいアイテムも見つけられませんでした。ですが、この世界のどこかには、有用な情報やアイテムが見つけられる白骨死体もあります」と伝えている。
 さらには、「だから、あなたのやったことは正しいのです。これに懲りずに白骨死体を見かけたら、今後も積極的にチェックしましょう」と励まし、ヒントまで出している。

「へんじがない ただのしかばねのようだ」
 この一行に実に本書3ページ分の情報が集積されていることがわかっただろうか? こんな芸当ができるのは、僕の知るかぎり堀井さんかさくま(あきら)さんくらいのものだ。手元にいくつかゲームソフトがあるなら、プレイヤーが無意味なコマンドを選択した際、どんな風に処理されているか調べてみるといい。たぶん、愛想がないメッセージを表示するか、あるいはクイズの答を間違えたような不快なブーブーという音が出るだけだ。
 この一行がいかに丁寧な職人技か納得してもらえるはずだ。】

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 『天外魔境2』の監督・シナリオ、『リンダキューブ』『俺の屍を越えてゆけ』のゲームデザインなどを手がけたゲームデザイナー、桝田省治さんの本の一節です。
 僕は『天外魔境2』を進学校時代の短い夏休み中遊んでクリアした記憶もありますし、『俺の屍を越えてゆけ』も大好きだったので、あの独特の「桝田作品」は、こんなふうに作られているのか、と感心させられるところが多かったです。
 僕の同世代、いま40歳前後って、ちょうどテレビゲームの黎明期にあたり、中学・高校の同級生の「面白いヤツ」の多くが、「ゲームデザイナーになりたい!」って言っていました。
 まあ、彼らの多くが、就職活動の時期になると、大手マスコミや大企業を目指すようになったにせよ、そういう「面白いヤツ」が集まっていった業界ですから、「トップゲームデザイナーの発想術」には、とても刺激的なものが多いような気がします。

 この「へんじがない ただのしかばねのようだ」についての考察を読んでいて感じるのは、『ドラクエ』の生みの親である堀井雄二さんの「言葉へのこだわり」の凄さなのですが、それと同時に、その価値をちゃんと理解できる桝田さんも凄いな、ということです。
 僕もこのメッセージを何度も見ているのですが、「すごい」と感じたことはなかったなあ。
 「ただのしかばね」って、「しかばね」があるだけでも大問題だろ!と心の中でツッコミを入れた記憶はありますけど。

 『ドラクエ』の初期は、ファミコンのカセットの容量が少なかったこともあり、いかに限られた言葉で、プレイヤーに「伝える」かに、堀井さんは苦労されていたそうです。
 そんな中でも、いや、そんな中だからこそ、こういう「研ぎ澄まされたメッセージ」が生みだされていったのでしょう。

「プレイヤーが無意味なコマンドを選択した際、どんな風に処理されているか?」
 実は「こだわり」とか「気配り」というのは、こういうところに象徴されるもので、もしあの「しかばね」を調べても、何のリアクションも返ってこなければ、プレイヤーはあれを「背景の一部」だと認識して、もう二度と「しかばね」を調べようとはしないかもしれません。
 「無意味なコマンド」でも、それへの対応によって、ちゃんと「意味」を与えることはできるのです。

 こういう話を読むと、やっぱりプロって凄いなあ、と思わずにはいられません。
 「感動のストーリー」よりも、むしろ、こういう「普通に遊んでいると、ただ通り過ぎてしまうだけのところ」にこそ、プロの技が隠されていて、他のゲームと「差別化」されている。

 この「無意味なコマンドに対するリアクション」の話、実は、ゲームの中だけじゃなくて、実生活のコミュニケーションにも「応用」できそうですよね。
 子供に接するときなど、こういう「無意味なコマンドに対する大人の小さなリアクションの積み重ね」が、長い目でみると、大きな差になっていくような気がします。
 たぶん、うちの息子が「ただのしかばね」に話しかけるような機会は、あまり無いとは思うのですけど。

05月09日(日)
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