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活字中毒R。
by じっぽ
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■「著者の方って、アマゾンのレビューでついた1つ星をすごく気にする人が多いんです」
僕の知り合いに、某イケメン若手俳優と同姓同名の男がいるのですが、彼は、病院や銀行で名前を呼ばれるたびに周囲からの視線を感じ、自分の姿を確認されたのちに、「そりゃ、あの人がここにいるわけないか……」という失望に満ちた顔をされるのがイヤでイヤでたまらないそうです。
こればっかりは、親が名づけた時点では存在しなかった同姓同名の有名人がいきなり登場することもあるので、どうしようもないのですが。
いわゆる”DQNネーム”の子供たちも、将来ネットを使うようになって自分の名前を検索してみたら(誰でも一度はやりますよね)、「○○(自分の名前)っていうDQNな名前をつけた親がいる!」なんて書かれている、ということが十分に予想されるわけです。それって、どんな気分なのだろうか?
ウェブ日記や個人サイトが流行りはじめた時期は、「ブログで友達を作る!」とか「お金を稼ぐ!」なんて見出しを雑誌でよく見かけたものです。
ところが、最近はそういう記事を目にする機会はほとんどありません。
ブログがそんなに目新しくなくなった、というのも大きな理由なのでしょうが、「無名の人がブログを書いても、行きつく先は、無名のまま埋もれていくか(こちらが大多数)、派手に炎上するかのいずれかしかない」ということが実感されてきたのも事実だと思います。
ネットって、やたらと「否定したがる人」が多いような気がします。
専門家が書いた内容については、厳しいチェックが加えられ、「プロのくせにこんなことも知らないのか?」「そんな当たり前のことをわざわざ書くな!」という罵声が浴びせられるわりに、「見返り」は少ない。
挙げ足をとることに専念している「名無しさん」は、文字通り「失う名前もない」ので、勝手な思い込みで他人を罵倒しても、(責める価値もないため)誰からも責められません。
なんらかの理由で名前を売りたい人や、初期からネットにいて、「既得権益」を持っている人以外には、「リスクばかりが目立つ」のが現状です。
いまや、mixiに「友人のみ」に書いた内容でもさらされ、叩かれてしまう世の中。
Amazonの「1つ星」なんて、ネット以前には、著者にそんな感想が届くことはなかったはずです。面白い本の著者に感動を伝えたいという気持ちで手紙を書くことはあっても、つまらない本の著者にわざわざ文句を言うために手紙を書くというのは「面倒で、割に合わない」ものですし。
現代の作家には、昔よりも「バッシングへの耐性」が要求されるはず。
本当に怒ってもいないのに、「あいつは最近調子に乗っているから…」と言いがかりをつけて「炎上」させようとするネットイナゴたちと、本当は自分が悪いと思っているわけでもないのに、謝るポーズをしてみせるブロガーたち。
最近は、「何が本当に謝るべきことなのか?」が、どんどんわからなくなってきています。
そういう「閉塞感」が、いまのウェブをつまらなくもしているし、日頃目にしている「叩かれている人たちのむごい姿」が、明らかな言いがかりに対しても「土下座で済むなら…」という発想につながっていくのでしょう。
発信する側も、受信する側も、なんだかちょっと麻痺してしまっているのが、いまのウェブなのかな、と僕は思います。
ウェブくらいは、バカと暇人のための「最後の砦」であってもいいのかもしれないけれども。
07月12日(日)
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