ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「特撮ヒーローの常識」を超えた『宇宙刑事ギャバン』
もっとも、当時は村上もスタッフも懸命である。現場ではさまざまな声が飛び交った。“俺がギャバンだ!”なる言葉は、そんな中、ギャバンのヒーロー像はデザインした自分こそが一番わかっているんだ、という思いから出てきたものだったに違いない。
(中略)
「ギャバンをデザインする際、赤い目にするのには勇気がいりました。赤く鋭い目というのは、善悪でいえば“悪”なのです。黄色やグリーンなども考えましたが、悪者に対する激しい怒りを目に現すには、やはり赤しかない。一歩まちがえば野卑になるので悩みましたが、このプロテクターのデザインなら大丈夫だろうと決断しました。劇中の眼の強さは、『電子ギャバン』にも活かせたと思います」
放送開始から1年後――。最高視聴率18.6%を記録した最終回で、『ギャバン』は次作『宇宙刑事シャリバン』へとバトンをつなぐ。それは続く『宇宙刑事シャイダー』を含めた<宇宙刑事3部作>さらにその後の<メタルヒーロー>シリーズへ連なる、長い歴史の始まりだった。
(中略)
『ギャバン』から3年後、村上の元にアメリカから1通の手紙が届く。差出人の名はポール・バーホーベン。自作の映画の主人公に、ギャバンのデザインを引用させてほしいというのだ。
「東映伝いに私の名前を聞いたようです。その頃、バーホーベンは日本ではほとんど無名に近い監督でしたが、『構わない。どうぞ』と返事をかえした。金銭のやりとりは一切発生させていません」
ギャバンをイメージソースとしたハリウッド映画『ロボコップ』は、87年に公開され世界的に大ヒット。バーホーベン監督の出世作となる。
「日本のヒーロー像を理解する人間がハリウッドにも現れた。素晴らしいことだと思い許諾しました。ただ、ロボコップのデザインを見ると、マッシブな体型といかにもアメコミ的な口出しマスク。ああ、あちらではやはりこうなるんだなと思って、それは少し可笑しかったですよ(笑)」】
参考リンク:『宇宙刑事ギャバン』(OCNアニメ・特撮)
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蒸着せよ、ギャバン!
『宇宙刑事ギャバン』が放映されたのは1982年3月5日から翌年2月まで。
当時の僕は小学校高学年でしたから、「こんな子どもっぽいヒーローものなんて!」(子どもっていうのは、そういうふうに考えがちなものなのです)とか言いながら、毎週『ギャバン』を楽しみに観ていた記憶があります。
当時は、『ギャバン』とそれまでの特撮ヒーローとの差異なんて、あんまり意識したことはなかったのですが、ギャパンのメタリックな外観は、「メカ好き少年」だった僕にはとても魅力的なものでした。
『ギャバン』は、フランスの有名な俳優、ジャン・ギャバンから名前をとられているですが、当時は「ベムトリガー」「ブリット」「ギンブリッド」「ギンジロウ」などが、名前の候補として挙がっていたそうです。「ギンジロウ」だったら、あんなに人気にはならなかったかもしれません。まあ、それだけ「メタリックな『光るヒーロー』である」ということをアピールしたかったのでしょうね。
当時はなんとなく「ちょっと違うな」くらいの印象しかなかったのだけれども、こうして、当時の制作者たちの「戦略」を読んでみると、いままでの特撮ヒーローとの差別化のために、数々の努力と葛藤があったことがよくわかります。
「ハレーションを利用する」という発想は、実現されてみると「なんで誰も思いつかなかったのか?」というものですが、これを最初にやるのは、大きな冒険だったはずです。
そして、見た目だけではなく、アクションの見せ方でも「いままでの特撮ヒーローとの差別化」がはかられていたんですね。あの動きはギャバンの「重さ」を表現しているのだと当時は思っていたけれど、実は「静と動のコントラスト」を見せるための表現だったのです。
『ロボコップ』が『ギャバン』に影響を受けているという話は聞いたことがあるのですが、バーホーベン監督が、正式に村上さんに「引用願い」を出していたというのはこれで初めて知りました。
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05月07日(木)
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