ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「人生もやめます」という女子学生のメールに、准教授はどう対処すべきだったのか?
彼女のメール19:26(ここでは日本語に・・・):
「こんな出来損ないの面倒を見させて、すいませんでした。
 お世話になりました。ゼミ楽しかったです。」 】

 まあ、こういう「ネット上で公開されていたもの」の信憑性については疑わしいところもあるのですが、ここでは、「これが事実だった」ということで話を続けます。

 この准教授はこれまでもかなりキツイ課題を学生たちに課すので有名だったそうです。
 しかしながら、この自殺した女性は、そのことを承知でこのゼミを選択したらしいですし、生徒を教える側の立場からすれば、「宿題ができないから自殺する」と言ってきた生徒に対して一度「譲歩」をしてしまうと、学生からの「脅迫」には際限がなくなっていくことが予想されますし、他の生徒にしめしがつかないのも事実でしょう。
 「あの先生は、『できないから死にます』って脅かしたら単位くれるぞ」なんて話が学生に広まったら、どうしようもない。

 いや、この本の著者である、東大医学部卒の中嶋先生の感覚では「学問の世界というのは、そういうふうな『鍛え方』もあるのだ」と感じるのもわかるんですよ。
ほんと、不躾な言い方ですが、高崎経済大学に入学した学生たちに、そこまでの「覚悟」や「学問との向き合い方」を要求するのもどうかな……と僕は感じます。「そんなに志の低い大学が必要なのか?」と言われるかもしれないけれども、実際には「そういう大学」が世の中にはけっこうあるわけで……

 たぶん彼女が死を選んだのは、この課題だけの問題ではなかったのだと僕は想像しています。このふたりのメールが本物であるならば、なんというか、まるで安っぽい「悲劇ドラマ」の登場人物のやりとりみたいですし。
 しかし、大人になってしまうと、「たかが単位のことで死ぬくらいなら留年すればいい」とか「テストで悪い点をとっても次がある」なんて考えてしまいがちですよね。
 自分にも「留年」や「不合格」がすべてを台無しにしてしまうと信じていた頃の自分のことなんて、しっかり忘れてしまっていて。

 ただ、本当に死ぬ気があるのか、という見極めができないと「先生失格」といわれるのだとしても、大学の教員というのは、義務教育の「先生」ほど、「生徒の人格への責任」を問われないのは、中嶋さんが書かれている通りだと思いますし、少なくともメールの文面だけで、「この人は本当に死のうとしているのか」なんて、判断がつかないというのが正直なところじゃないかなあ。理想としては、こういうケースでは常に全力で対応することなのでしょうが、そこまでが「大学教員の仕事」なのかどうか。
そもそも、こういう大学教員はけっこういるはずなのに、「学生が自殺した」らアウトで、「学生が留年した」「退学した」はセーフっていうのも、ちょっとおかしな話ではあります。

それにしても、大学生相手ですら、こういうケースがあるのですから、小中学校の「先生」って、大変な仕事ですよね……

 まあ、東大を出て偉くなる人たちの多くがこういう考え方なのだとしたら、そりゃあ、日本から「アカハラ」は無くならないですよ。
 この事件の本当の問題点は、「難しい課題を出したこと」にあるのではなくて、「教える側と教えられる側の信頼関係やコミュニケーションの欠如」だと思うのだけど。

 ちなみに、この准教授は、その後「処罰が重い」として高崎市等公平委員会に不服を申し立てました。その結果、懲戒免職処分は重すぎるとして停職6ヶ月に処分を修正する裁決書が2008年6月に出されたそうです。

11月23日(日)
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