ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025315hit]
■『ゲーメスト』を創った男たち
御旅屋:当たり前のことが当たり前でなさすぎたよね。
GOD:だって「来い」って言われたら行くのが当たり前じゃないですか(笑)。だから普通に行ってただけなんだけど、高橋さんはそれが新鮮だったというか、ビックリしたらしいんですよ。
――だから2代目編集長(笑)。理由はそれだけじゃないにせよ、まわりは酷かったんでしょうね(笑)。
御旅屋:『ASO』の攻略のときもSNKに取材依頼をしたら「千葉の松戸市のゲームセンターの『ゲームinメクマン』に『ASO』入ってますから、そこでやってください」って言われて、みんなで行ったんですよ。そしたら、『ASO』の横に『べんべろべえ』があって、みんな『べんべろべえ』やり始めちゃって(笑)。
――ダメだ、ダメすぎだ(笑)。
御旅屋:「なにしに行ったんだよ」みたいな(笑)。
GOD:だいたい「本の発売日の何日前に原稿を書いてるんだよ?」っていうような雑誌でしたから。ミクシィでぜんじさんが年明け早々「『コンティニュー』で『メスト』特集とやるんで取材を受けた」って書いてて「発売は2月17日」っていうのを見て、ふたりで言ったよね? 「なんかぜんじさん取材受けたらしいよね」「2月発売号ならちゃんと1ヵ月前か2ヵ月前に取材して準備するんだねえ」って(笑)。
御旅屋:「そんなもんだよねえ……」って妙に感心して。
GOD:「普通の雑誌はそうなんだよねえ」「やっぱり『メスト』とは違うよねえ……」って(笑)。】
〜〜〜〜〜〜〜
『ゲーメスト』は、1986年創刊のアーケードゲームを中心としたゲーム雑誌です。当時は『ログイン』『マイコンBASICマガジン』などの「マイコン雑誌」が全盛で、徳間書店の『ファミマガ』、アスキーの『ファミコン通信』などの「ファミコン雑誌」も乱立しはじめていた時期です。そのような出版界の情勢のなかでも、ゲームセンターに置いてある「アーケードゲーム」に特化した雑誌である『ゲーメスト』というのは、かなり異色な存在ではありました。僕も『ゲーメスト』の創刊号を買った記憶があるのですけど、正直、「この安っぽいつくりのゲーム雑誌は何なんだ?」と驚いたものです。あの時代でも、「手書きの攻略マップがそのまま掲載」なんてことは、他の大手雑誌ではまずありえませんでしたし。しかし、いくらなんでも、ここまで切羽詰りながら作っていたとは、夢にも思っていなかったけれど。
『ゲーメスト』は、創刊当初はとにかく売れなくて、この対談での御旅屋さんの話によると「創刊号は3〜5万の部数で実売2割(返本が8割!)」という、かなり厳しいスタートだったそうです。しかし、そのわりには、と言っては失礼なのですが、このあまりにのどかというか、まるで大学のサークルのような危機感のかけらも感じられない雑誌作りの光景には、なんだか逆に感動すらしてしまいます。僕はあの頃中学生から高校生だったのですけど、大学に入ったらゲーム雑誌の編集部でアルバイトしたいなあ、って、ずっと思っていたんですよね。昔の『ログイン』の編集部とかも、ものすごく楽しそうだったものなあ。
もしこの現場にいたとしたら、中途半端に几帳面な僕などは、こんな猛者たちと一緒に仕事をするのは、かえってくたびれるような気もしますけど。「GODさんが編集長に推された理由」なんていうのも、どこまで事実なのかはさておき、かなりマイペースな人ばかりだったのは間違いなさそうです。「2月発売号ならちゃんと1ヵ月前か2ヵ月前に取材して準備するんだねえ」って、いつ取材していたんだ『ゲーメスト』!
まあ、そういう「本当に好きな人たちが、趣味の延長でやっている」という雰囲気こそが、当時のゲーム雑誌の魅力でもあったのですよね。
それにしても、ゲーマーっていうのは、いつの時代も「困った人たち」みたいです……
04月24日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る