ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■カモちゃん。死んだから言うわけじゃねえけど、オレもお前を許すよ。
 つーことで、カモちゃん。死んだから言うわけじゃねえけど、オレもお前を許すよ。取材旅行の時は、慣れないオレに色々と体を張って教えてくれてありがとう。本来なら去年、オレの方が先に逝っちまうところだったけど運良く助かっちまって、それで今度はカモちゃんのことを見送ることになるとはね……。まぁ、とにかくもう少し知力と体力が回復したら、また旅行記書くために海外に行きますわ。で、その時はアンタが教えてくれたことをまた一から思い出して突き進むので、とにかく今はゆっくり休んでて下さい。
 ………………………………合掌。】

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 これを読みながら、「僕だったら、カモちゃんを許せるだろうか?」と、ずっと考えていました。たぶん、僕はカモちゃんを許せないような気がします。僕自身、「親のお通夜で親戚が言った、心無い一言」がいまだに許せていなかったりもしますしね。

 「許せた板谷さんは偉い」とも思わないし、だからといって、「こんな酷いことを言われて『許す』なんておかしい!」と他人の判断を否定するのも余計なお世話だろうし、なんと言っていいのかわからないのですけど、とにかくとても僕にとってはすごく印象深い文章ではあったので、こうして紹介させていただきました。
 僕の勝手な想像なのですが、板谷さん自身も、心の底から「許した」というよりは、「(盟友・西原理恵子にめんじて)許した(ことに決めた)」という感じなのではないかなあ。ここに書かれている鴨志田さんの「暴言」は、病気の身内を持つ人間にとっては、たとえそれが酒の席であっても、相手に悪気がないことがわかっていたとしても、けっして「酔っ払いのタワゴト」と看過できるようなものではないはずです。酔っている人の言葉というのは、喋っている本人にとっては「ちょっと口が滑った」「軽い毒舌」くらいつもりでも、聞いている側も同じように受け止めているとは限りませんしね。いやむしろ、「それがお前の本心なのか!」と聞いている側は思っているものです。どんなに後から土下座して謝ったとしても、そういう「不快な一瞬の記憶」というのは、人間関係にずっと影を落とし続けます。自分の悪口なら「口の悪いヤツだなあ」で済むことでも、「癌の自分の身内をバカにするような発言」ならなおさらです。

 日本の文化では「死んだ人は責めない」のが「良識」だとされています。僕も「死者に鞭打つ」ような行為というのは、生理的に不快なんですよね、やっぱり。最後の板谷さんの鴨志田さんへの感謝の言葉のように、嫌いだった人、不愉快な目に遭わされた人でも、人生トータルで考えれば、感謝すべき点がけっこうたくさん見つかったりもするものだし。
 でも、正直なところ、もし僕が板谷さんだったら絶対に鴨志田さんを「許せない」と思うし、「最初と最後だけはイイ人」というのが、「人生の最後だけ狂ってしまった人」よりもしばしば「良い人」として評価されることに理不尽さを感じずにはいられないのですけどね。

 「死」は絶対的な「贖罪」なのでしょうか?
 答えが出るわけがない問いだとわかっていても、そんなことを考えずにはいられません。

04月23日(月)
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