ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「黙殺」されている、超人気マンガ原作者の正体
 言われてみれば倉科遼という名前は書店のマンガコーナーなどでしばしば目にしていたはずです。『女帝』というマンガのタイトルは知っていましたし、「面白かった!」という話もよく耳にするのですが、その作品の原作家が倉科遼さんというひとで、月に40本近くの締切りを抱えるほどの「人気原作家」だったとは知りませんでした。まあ、僕が日頃読んでいるマンガが週刊の『ジャンプ』『マガジン』「ビッグコミックスピリッツ』くらいで、それも最近は「あれば読む」という程度だという事情はあるにせよ、確かに、これほどの売れっ子であるにもかかわらず、倉科さんの「一般的な知名度」というのは、かなり低いのではないかと思います。いわゆる「マンガ論」のなかで語られることが作品の成功のわりに少ないというのも、呉さんが仰るとおりでしょう。
 倉科さんのことについて、参考リンクとして紹介したasahi.comの記事を読んで、僕はかなり意外な印象を受けました。ああいう「夜の世界」を好んで描くような作家であれば、その私生活は、あの梶原一騎さんのように豪快・破天荒なものだったのではないかと思っていたのですが、倉科さんは週3回、銀座に取材も兼ねて行くのを除いては(もちろん、普通の人は銀座に週3回も行けないには決まっているのですけど)、早起きして毎日淡々と1日2本ずつの原稿をこなしていくという、かなり規則的な生活を送っておられるのです。ただ、倉科さんひとりだけの力でそんなにハイペースの執筆ができるとは思いがたいので、アシスタントや担当編集者が、かなり下調べやデータ集めをした上でのことではあるのでしょうけど。
 僕は倉科さんの作品をそんなに読んだことがないので、本当に「プログラムピクチャー」なのかどうかは判断できないのですが、この話を読んでいて思い出したのは、赤川次郎さんのことでした。そういえば、赤川さんというのも長年たくさんの本を売り上げてきた人であるにもかかわらず、いわゆる「文壇」みたいなところから賞をもらったり、文芸評論家によって語られることが少ない作家だという印象があるのです。村上春樹さんが芥川賞を獲れなかったことはしばしば話題になりますが、赤川さんの場合は、最初からそういう話題とは蚊帳の外に置かれているような感じですし。あれだけ売れて、みんなが「泣いた」と絶賛しているリリー・フランキーさんの『東京タワー』が、現場の書店員さんたちの投票による「本屋大賞」しか受賞していないように、結局のところ、「大衆にはウケるけれど、玄人筋には黙殺される作品」というのが存在しているのかもしれません。
 僕なども「自分は見る目がある人間だ」とアピールしたいところもあって、「こんなベタな映画なんて、つまんない」と語ってしまいがちなのですが、実際のところ、多くの「前衛的だけれど面白さの欠片もない、作者の自己満足でしかない作品」よりは、「良質のプログラム・ピクチャー」のほうが、はるかに「有益な時間の使い方をした」ように感じるんですよね。そして、多くの「普通の観客」も、そうなのだと思います。
 創作者としては、「これは斬新だ!」「びっくりした!」と言われたい衝動って、誰にでもあるのではないでしょうか。そりゃあ、したり顔で「面白いけど、ちょっと古臭いね」と言われるのを喜ぶ人は、あんまりいないでしょうから。でも、世の中で「本当に多くのひとが求めている作品」というのは、たぶん、「玄人筋が賞賛する作品」とは、必ずしも一致するものではないのです。
 もちろん、世の中が「プログラム・ピクチャー」ばっかりになったら、それはそれでつまらないには決まっているのですけど。
 

12月06日(水)
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