ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■ネット上の「みんなの意見」は正しいのか?
「みんなの意見は案外正しい」例に比べればかなりあっさりとではあるが、スロウィッキーはその条件にうちても触れてはいる。集団が賢くなるためには、多様性、独立性、分散性の3つが維持されていることが必要だと述べている。多様な人がいる分散的なインターネットは、まさにこの条件を満たしているように見える。しかし、インターネットの進化はすさまじい。いまのインターネットはこの条件からどんどんはずれていっているのではないか。
 というのは、インターネットの世界はどんどん狭くなっているからだ。もちろんネットの世界は量的にはすさまじい勢いで拡大している。にもかかわらず、インターネットは狭くなっている。必要な情報や人にただちにアクセスし、濃密なコミュニケーションを維持することが可能になってきた。SNSやメッセンジャー、あるいは携帯電話などを使って四六時中ほかの人と接していることができるし、まずます便利になり精度を高めている検索を使えば、必要な情報を以前に比べて格段に容易に探し出せる。また、はてなやテクノラティなどを使えば、同じことに関心を持っている人を見つけ出すことも容易になってきた。こうしたサイトを使って、関心の同じ人と容易に親しくなることができる一方で、また逆に、たたくべき相手を見つけてその情報を収集し、攻撃をしかけることもできる。

(中略)

 スロウィッキーはこう書いている。「メンバー同士がコミュニケーションを図り、お互いから学ぶことで集団の利益になる場合もあるが、過度に密接なコミュニケーションは逆に集団の賢明さを損なう」。
 この論理にしたがえば、検索精度がよくなり、コミュニティー機能が高まれば高まるほど、ネットの意見は総じて賢明ではなくなっていくことになる。】

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 先日、「口コミマーケティング」目的で企業からお金をもらっていた(そして、お金をもらっていることは閲覧者には知らされていなかった)女子大生のブログがNHKに取り上げられて「炎上」してしまいました。しかしながら、この事件、考えようによっては、日本でも、そういう「ネットでの口コミ」にお金を出そうという企業が出てくるくらいの影響力が出てきている、ということも示しています。僕自身も、次に観に行く映画を決めるときや、気になった本を買うかどうか悩んだときなどには、映画の感想がたくさん投稿されているサイトとか、Amazonの「ユーザーレビュー」などを参考にしています。誰か個人の意見に大きく揺り動かされることはないとしても、例えば、10人中8人くらいのユーザーが褒めていれば、「まあ、そんなに外れることはないだろう」というような、だいたいの傾向は掴めるのではないか、と思いますし。
 でも、この歌田さんによるスロウィッキーの仮説の解釈を読んでみると、そういう「みんなの意見」というのも、100%鵜呑みにはできないのだな、という気がしてきます。「集団が賢くなるためには、多様性、独立性、分散性の3つが維持されていることが必要」なのだというのはよくわかるのですが、その一方で、その3つがキチンと維持されている集団というのは、ものすごく希少なのではないでしょうか。ネット上で集められた映画のレビューであれば、それを書いている人は映画ファンが多いでしょうから、「一般受けするわかりやすい映画」よりも「多少難解でも、斬新な通好みの映画」のほうが評価されやすいような印象がありますし。そもそも、ネット上の「傾向」は、「インターネットに繋げる環境にある人」に対象が限定されてしまうという面もあるのです。もちろん、ひとつの学校とか会社とかいうような集団よりははるかに「多様性、独立性、分散性」は持っていると思われますが、それでも、「完全ではない」のですよね。それに、最近ではネット上でもヘタなことを言うと袋叩きにあってしまいますから、「多様な価値観のひとつ」でも、表に出るまえに「自粛」されている場合も少なくないはずです。まあ、そういうのは、「現実世界では日常的に起こっていること」でしかないとしても。


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11月23日(木)
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