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活字中毒R。
by じっぽ
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■「貸した金返せよ!」と言えない人々
ああ、この気持ち、僕にもよくわかります。なるべくお金の貸し借りはしたくないし、するべきではないと日頃から考えているのですが、「額が小さいがゆえに貸すのを断りにくく、いったん貸してしまったら今度は額が少ないゆえに返済をセマりにくい」というのは、まさにその通りです。自動販売機の前で「120円貸して」と言うのは簡単でも、その場を離れてから「120円返して」と言うのは至難の業。なんだか、「返して」って言うほうが、かえって図々しい人間みたいな気分にもなるのです。
いや、今のそれなりにオトナになった僕にとっては、ジュース代とかは、催促するほうが精神的ストレスが大きいし、ケチだと思われるのもイヤなので、もう「お互い様」だと奢ったことにしてしまうのですが、例えば、飲み会で立て替えたお金、数千円から1万円くらいの金額となると、諦めるのもちょっと勿体無いし(そもそも、奢る義理なんてないわけだし)、さりながら、そのくらいの金額を執拗に催促するというのも、なんだか気が滅入る話ではあるのです。翌日に最初に会ったときに、「あっ、昨日の飲み会のお金!」と言えればいいのですけど、そのタイミングを逸してしまった場合には、非常に言い出しにくくなってしまいます。でも、そこで「まあいいや」と綺麗さっぱり忘れてしまえればいいのだけれど、そういうのって、貸した側はなかなか忘れられないんですよね。
そしてさらに、そのくらいの金額のことを思い悩む器の小ささや、同僚や友人を恨めしく感じてしまう心の狭さをあらためて自覚し、落ち込んでしまいます。別に、貸した側が何か悪いことをしたわけではないはずなのに。
しかしながら、一社会人としては、こういう小さなお金を貸すことをひたすら拒否しながら生きていくのは、かえって煩わしいことも多いのです。
かのカエサルは、「借金の名人」として有名だったそうです。各地のスポンサーから多額のお金を借りていたカエサルなのですが、彼にお金を貸していた人々は、その金額があまりに大きかったがゆえに「貸したお金が返ってこなくなることを恐れて、よりいっそうカエサルを支援せざるをえなくなってしまった」のだとか。
お金の貸し借りというのは、ときに、人間の心を異常に屈折させてしまうことがあるみたいです。実際は、相手は単に忘れてしまっているだけで、ちょっと勇気を出して「返して」と口に出せさえすれば、大概のこういうお金は返してくれるはずなんですけど。
08月02日(水)
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