ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「英会話スクール王国」の恐怖!
 僕が「語学が苦手な理由」のひとつに、「別にしゃべりたくもないような人と、しゃべりたくもないようなことをしゃべるのが気まずくて辛い」というのがあるのですけど、この「恐怖の英会話スクール」の話を読んで、なんだか、よりいっそう「語学の勉強なんて、しなくても死ぬわけじゃないし……」という後ろ向きな気持ちがさらに増してきたのです。本当は、「できたほうが良いというか、英語ができないと、キャリアアップは難しい」のは間違いないのはわかっているのですが。
 もちろん、日本にある英会話スクールが、みんなこんな酷い状況にあるわけではないと思うのですけど。
 しかしながら、僕も外国人の先生に英語を習った経験が短期間ながらありますが、確かに、彼らの「西欧文化絶対主義」には、閉口させられることもありました。「歌舞伎」とか「寿司」というような「個々の(物質としての)日本文化」に対しては、それなりに敬意を払っている人も多いのですが、話が「日本人」となると、かなり辛らつな批判をする人もいたのです。このパーティの話にしてもそうなのですが、「本当にあんなパーティとかでにこやかに会話するのが『正しいこと』なのか?」「そんな機会が、一般的な日本人にとって、一生に何回あるのか?」と考えると、本当に、そこまでして「英語を信仰する」必要なんてあるのか?と言いたくもなってしまいます。そもそも、英会話の先生というのもピンキリで、「英語という文化を知ってもらうための情熱を持ち、日本人にも敬意を払ってくれる人」がいる一方で、「お前なんて、単に英語圏で生まれたっていうだけじゃねーか!」と言いたくなるような薄っぺらい人もいるんですよね。そして、ここに出てくる校長なんて、まさに後者の典型。
 にもかかわらず、こういう「校長が日本文化などに対して批判しても、言い返してはならない」なんていうような「英会話教室」が潰れないで存続しているほど、日本人は、「英語を教えてくれる人」に飢えていて、寛容なのです。この本のなかには、「日本人批判をする英会話教師に、にこやかに同調する日本人の生徒たち」の姿も描かれていて、なんだかそれは、本人にとっては「自分はわかっている人間」のつもりでも、客観的にみれば、「プライドのかけらもない、情けない人」にみえるような気がします。

 「嫌な目に遭うかもしれなくても、それでも積極的に他者とコミュニケーションしていこうという姿勢」がないと、言葉って身につかないものだと、理屈ではわかっているのですけど……
 

06月24日(土)
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