ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■職業翻訳者にとっての「アンフェア」と「ネタバレ」
大森望さんが書かれた。非常に興味深い「翻訳者の心得」についての文章なのですが、これを読むと、「訳すだけ」で、「英語に詳しければできる仕事」のようなイメージがある「翻訳」とくに「海外文学の翻訳」というのが、いかに大変な仕事であるかがよくわかります。「森が見えていれば、それほど大まちがいをする心配はありません」なんて書かれていますが、正直、日本語で書かれた日本人の小説でさえ「正しく森を見ることができる」人なんて、そんなに多くはないような気がします。
それにしても、「そして誰もいなくなった」を僕がはじめて読んだのは中学生くらいだったと思うのですが(そして、読み終えて、「なんじゃこりゃ!」と半分驚嘆し、半分呆れ返った)、「小説を注意深く読めば論理的に指摘できるはずの犯人が、翻訳だけを読んでいると指摘できない」という話は、はじめて知りました。
正直、作者以外に、あの話を読んで「犯人」がわかる人なんて、はたしているの?と思うんですけどね。僕にとっては、「古典」に属するようなミステリって、犯人探しどころか、話の流れについていくだけでも精一杯なものが多かったんだよなあ、そういえば。
でも、単に「正しい日本語に直す」だけではなくて、「作者の意図を読みとって、それに合わせた日本語にする」というのは、本当に大変な作業ですよね。ここで具体的に挙げられた例でいえば、”There were five of us”なんていう、中学生にでもわかるような簡単な単語の羅列を訳すためだけにも、ここまでの「気配り」が必要なのですから。大森さんは、この文章をどんなふうに訳したのか、とても気になってしまいます。
そもそも、訳した日本語そのものが「変」では、どうしようもないわけだし、全く違う言語で、そのニュアンスまで伝えるというのは、本当に難しいことです。原著とは全く違う言語で、アンフェアとネタバレの間にうまく着地させるのって、あらためて考えてみれば、すごく高度な技術。
これって、自分で日本語の小説を書くよりも、「翻訳する」ほうが、難しいところも多いのではないかなあ……
やっぱり、「技術」だけじゃなくて、対象の作品への「興味」とか「愛情」が必要な仕事なのでしょう。
これからは、海外文学を読むときに、作者だけじゃなくて、その作品を翻訳してくれている人にも、もっと感謝するべきなのかもしれませんね。
05月22日(月)
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